2040年、あなたは介護難民に?制度崩壊の不都合な真実
皆さんは、ご自身の親、そしていつかの自分自身の「介護」について考えたとき、漠然とした、しかし確かな不安を感じたことはないでしょうか。
それは多くの人が共有しながらも、普段は心の奥にしまい込んでいる問いかもしれません。
でも、その静かな不安が、もはや個人的なものではなくなっているんです。
日本社会全体が直面する、とてつもなく大きな課題になっていることを示す、少し衝撃的な調査結果があるんですよ。
最近、共同通信社が全国の都道府県知事と市区町村長を対象に行ったアンケート調査がありました。
その調査で、回答した首長の実に97パーセントが、今の介護保険サービスの提供体制をこのまま続けていくことに「危機感がある」と答えたというのです 。
この数字、ちょっと信じられないくらい高いですよね。
もう少し詳しく見てみると、その深刻さがよりはっきりと分かります。
「とてもある」と強く危機感を表明した首長が40パーセント。
そして「ある程度」と答えた首長が57パーセントもいたそうです 。
これは一体何を意味しているのでしょうか。
つまり、日々の行政の最前線でこの制度を実際に運営して、住民の生活に直接触れているリーダーたちが、ほぼ例外なく、今の仕組みがもう限界に近づいている、と感じていることの何よりの証拠なんです。
これはどこかの評論家が言っている分析ではありません。
制度を動かしている当事者たち自身からの、ほとんど悲鳴に近いような診断書だと言えるかもしれません。
彼らがどうしてそこまで強い危機感を抱いているのか、その理由もはっきりしています。
大きく分けて二つあるんです。
一つは、介護の現場を支える「人」の問題です。
危機感を抱く理由として最も多く挙げられたのが、「介護現場で働く人が減り、制度の支え手不足」というものでした。
なんと、72パーセントもの首長がこの点を指摘しているんです 。
そしてもう一つは、膨らみ続ける「お金」の問題です。
次に多かった理由が「高齢化に伴う介護給付費の膨張」で、こちらは60パーセントの首長が懸念している点でした 。
つまり、この国の介護システムは、「担い手不足」と「財源不足」という、二つのとても深刻な圧力に、同時に、そして両側から押しつぶされそうになっている、ということなんです。
この調査結果が私たちに突きつけている現実は、介護の問題がもはや遠い未来の予測なんかではなくて、今、この瞬間にそこにある行政上の課題だということです。
このことは、私たちにとって非常に重要な意味を持っています。
なぜなら、行政のリーダーたちがこれほどまでに危機感を抱いているということは、制度の仕組みが、私たちの暮らしを守るという本来の役割を果たせなくなる日が、すぐそこまで来ている可能性を示唆しているからです。
政策というのは、普通、東京の中央官庁で練り上げられ、理想的な計画として全国に下ろされていきます。
しかし、その政策を現実に動かし、日々の問題に対処するのは、現場である市町村の役場や、地域のケアマネージャー、そして介護事業者の方々です。
希望する介護施設に入れない住民からの相談を受けたり、人手が足りずに悲鳴を上げている事業者の声を聞いたり、限られた予算の中でどうにかサービスを維持しようと苦心したりしているのは、彼らなのです。
この97パーセントという数字は、その中央で描かれた理想と、地方の現場が直面している厳しい現実との間に、もはや無視できないほどの大きな溝が生まれてしまっていることを物語っています。
制度が、その足元から崩れ始めているという、静かだけれども、非常に重い警告音なのかもしれません。
だからこそ、このレポートでは、この共有された危機感の正体を解き明かすための旅に出てみたいと思うんです。
なぜ、これほどまでに多くの人々が不安を感じ、現場のリーダーたちが警鐘を鳴らしているのか。
その背景には、一体何があるのか。
人口構造の変化という、私たちにはどうすることもできない大きな流れ。
私たちがこれまで悩みながらも築き上げてきた、介護保険制度という仕組みの歴史と構造。
そして今、私たちが直面している財政と人材という、あまりにも厳しい現実。
これらを、一つひとつ丁寧に紐解いていきたいと思います。
これは、決して誰か他人事の物語ではありません。
私たち一人ひとりの未来に、そして私たちの家族の未来に、直接つながっている、私たちの物語なのですから。
避けられない未来-2040年の日本
介護保険制度が直面している危機の、その最も根本的な原因をたどっていくと、私たちは一つの、巨大で、そして決して抗うことのできない潮流に行き着きます。
それは、日本の人口構造そのものの、劇的な変化です。
この、いわば国家の運命ともいえる大きな変化を理解しないままでは、この問題の本質を掴むことはできません。
メディアではよく「2025年問題」という言葉が使われますよね。
皆さんも一度は耳にしたことがあるかもしれません。
しかし、実はその先には、さらに深刻な「2040年問題」という、もっと大きな課題が待ち構えているんです。
まず、「2025年問題」について少しおさらいしてみましょう。
これは、戦後のベビーブームに生まれた、いわゆる「団塊の世代」と呼ばれる方々が、全員75歳以上の後期高齢者になる時点のことを指しています 。
どうして75歳が大きな節目なのかというと、この年齢を境にして、医療や介護を必要とする人の割合が急激に増える傾向にあるからです 。
ですから、2025年には社会保障サービスの需要が、まるでダムが決壊するように爆発的に増大するのではないか、と長年懸念されてきました。
これは、日本の社会保障制度にとっての、最初の大きな試練だと言えるでしょう。
でも、本当のクライマックスは、実はその先にあります。
「2040年問題」です。
これは、高齢者の人口の数がピークに達する一方で、その社会を支える側である現役世代、つまり生産年齢人口と呼ばれる人たちが、急激に減少していく時代の到来を意味しています 。
これは、単に高齢者の数が多い、というだけの話ではありません。
社会の「扶養構造」そのものが、崩壊の危機に瀕するということです。
少ない人数で、より多くの人々を支えなければならなくなる。
この構造的なアンバランスこそが、これからお話しする介護保険制度の財政危機と人材危機の、根本的な原因なのです。
国立社会保障・人口問題研究所というところが公表している将来の推計人口は、その未来の姿を、かなり克明に描き出しています。
それによると、日本の総人口は、2020年の時点では1億2615万人でしたが、その後も減り続けて、2070年には8700万人まで落ち込むと予測されているんです 。
わずか50年の間に、日本の人口の約3割が失われてしまう、という計算になります。
一方で、65歳以上の高齢者が総人口に占める割合、いわゆる高齢化率は、どんどん上昇を続けます。
2020年には28.6パーセントだったものが、2040年には35パーセントを超え、さらに2070年には38.7パーセントに達すると見られています 。
これは、国民の3人に1人以上が、もっと言えば5人に2人近くが高齢者という社会がやってくることを意味しています。
この人口動態がもたらす最も深刻な問題は、先ほども少し触れましたが、単なる数の問題以上に、「比率」の問題なんです。
年金や医療、そして介護といった社会保障制度は、本質的に「支えられる人」と「支える人」のバランスの上に成り立っています。
私たちが今、向かっている2040年の未来は、給付を受け取る高齢者の数が増え続ける一方で、保険料や税金を納めて制度を支える生産年齢人口が、激減していく未来です 。
この構造は、社会保障制度の仕組みそのものを根底から揺るがします。
日本の社会保障制度は、基本的に「賦課方式」、つまり現役世代が支払った保険料が、そのまま今の高齢者への給付に使われるという仕組みで運営されています。
これは、人口が増え続ける、あるいは安定している社会では非常にうまく機能するモデルです。
若い世代という広い土台が、高齢者という比較的狭い頂点を支える、安定したピラミッドのような構造だからです。
しかし、今、日本で起きているのは、このピラミッドが逆さまになろうとしている、という事態です。
支える側の土台がどんどん小さくなり、支えられる側の頂点がどんどん重く、広くなっていく。
こうなると、もはや仕組みとして成り立たせるのが非常に難しくなります。
これは誰かの政策の失敗というよりは、もっと冷徹な、算数の問題なんです。
さらに、この問題は介護だけに留まりません。
働く人が減るということは、国の税収が減るということです。
経済全体の活力が失われるということです。
つまり、介護費用が膨らみ続けるのと同時に、その費用を捻出するための国全体の「稼ぐ力」そのものが弱っていく、という二重の苦しみに直面することになります。
介護の問題は、社会福祉の問題であると同時に、国家の生産性や持続可能性そのものに関わる、極めて大きな経済問題でもあるのです。
この人口構造の変化は、もはや私たちの意思で変えることのできない、確定した未来です。
私たちがこれから議論していく介護の様々な問題はすべて、この静かに、しかし確実に進行する人口動態という、巨大な舞台の上で繰り広げられるドラマなのだということを、まず心に留めておく必要があります。
介護保険、その誕生と変遷
さて、今私たちが直面している危機を正しく理解するためには、その舞台となっている「介護保険制度」そのものが、そもそもどのような理想を掲げて生まれ、そして時代の要請の中で、どのように姿を変えてきたのかを知る必要があります。
この制度は、日本の社会が「老い」というものにどう向き合うか、という大きな問いに対して、悩みながらも築き上げてきた、一つの答えなのです。
今からほんの20数年前、2000年4月にこの介護保険制度が施行されるまで、日本の介護は、主に「家庭内の問題」として捉えられていました 。
特に、その重い責任は、家族の中の女性、つまりお嫁さんであったり、実の娘さんであったりの肩に、ずっしりとのしかかることが多かったんです。
介護を理由に、それまで続けてきた仕事を辞めざるを得なくなる、いわゆる「介護離職」も、大きな社会問題になっていました。
また、家庭での介護がどうしても難しくなると、どうなるか。
本来は治療の必要性がそれほど高くないにもかかわらず、介護目的で高齢者の方が長期間入院する「社会的入院」という現象が、あちこちの病院で見られました 。
これは、ご本人にとっても決して望ましい状態ではありませんし、国の医療費を増大させる一因ともなっていました。
こうした八方塞がりのような状況をなんとか打開して、介護を個人的な問題、家族だけの問題から、「社会全体で支える仕組み」へと転換するために生まれたのが、この介護保険制度だったのです 。
その理念は、当時としては非常に画期的なものでした。
第一に、介護の負担を社会全体で分かち合う「社会保険方式」を導入すること。
第二に、役所が一方的に「あなたにはこのサービス」と決めるのではなく、利用者自身が必要なサービスを選べる「利用者本位」の仕組みを作ること。
そして第三に、民間事業者もどんどん参入してもらうことで、多様な主体がサービスを提供し、競争を通じてサービスの質を高めていくことでした 。
制度の基本的な骨格は、40歳以上の国民が納める保険料と、国・地方自治体が負担する公費、つまり税金を、それぞれ50パーセントずつ財源とすることです 。
そして、介護が必要になった人は、原則としてかかった費用の1割を自己負担することで、必要なサービスを受けられる、という仕組みでした。
これは、介護という避けられないリスクを、みんなで少しずつお金を出し合って備える、という考え方に基づいています。
しかし、この野心的な制度は、創設されたその瞬間から、前の章でお話しした人口動態という、巨大な圧力にさらされ続ける運命にありました。
そのため、介護保険法は3年ごとに見直しを行うことが定められており、その歴史は、いわば絶え間ない適応と修正の歴史でもあったのです 。
その変遷の中で、特に重要だった哲学の転換点が二つあります。
一つ目は、2005年の法改正です。
この改正では、要介護状態になるのをできるだけ防ぐ、あるいは重度化を少しでも遅らせるという「予防重視」の考え方が、本格的に導入されました 。
これは、制度が始まってみると、当初の想定を上回るペースで費用が増え続けている、という厳しい現実に直面したことの表れでした。
単に介護が必要になった人に対応しているだけでは、いずれ財源が追いつかなくなる。
だから、需要そのものを抑制する方向に舵を切らなければならない、という判断だったわけです。
これは、制度の理想を守るための、最初の大きな軌道修正でした。
二つ目の大きな転換点は、2011年の改正で本格的に推進され始めた「地域包括ケアシステム」という構想です 。
これは、高齢者の方が、たとえ重い介護が必要な状態になっても、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるようにしよう、という考え方です。
そのために、医療、介護、予防、住まい、そして生活支援といった様々なサービスを、地域ごとに一体的に提供できる体制を構築しよう、という壮大なビジョンでした。
背景には、費用が高くなりがちな施設介護から、地域全体で支える在宅介護へと、介護の重心を移していこうという狙いがありました。
このように、介護保険制度の20年以上にわたる歴史を振り返ってみると、それは常に押し寄せる現実の波に対応するための、必死の航海の記録であったことがわかります。
当初の「社会で支える」「利用者が選べる」という理想を掲げつつも、財政の逼迫やサービスの質の確保、そして人材不足といった次々と現れる課題に直面するたびに、制度は少しずつ、しかし確実にその形を変えることを余儀なくされてきました。
それは、人口構造の変化という現実が、制度を設計した時の想定を、はるかに超えるスピードと規模で進行したことの裏返しでもあります。
私たちが今立っているのは、この20年以上にわたる格闘の歴史の、その延長線上なのです。
そして、この歴史は私たちに一つの重要な教訓を教えてくれます。
それは、この制度が常に「理想」と「現実」の間の綱引きの中で運営されてきたということです。
「誰もが安心して老いることができる社会」という崇高な理想。
しかし、その理想を実現するためには、お金と人が必要です。
そのお金と人が、人口構造の変化によってどんどん足りなくなっていくという厳しい現実。
制度の歴史は、この理想を守るために、現実とどう折り合いをつけていくか、という苦闘の連続でした。
「予防重視」への転換も、「地域包括ケア」への転換も、見方を変えれば、当初のより手厚い給付を前提とした理想から、少しずつ後退せざるを得なかった、という風にも解釈できるかもしれません。
それは、制度が自ら積極的に進化してきたというよりは、押し寄せる波に耐えるために、必死で船の形を変えながら航海を続けてきた、という姿に近いのかもしれません。
溝 ― 高齢化する国家の経済学
介護保険制度が直面している危機の、もう一つの非常に重要な側面。
それは、身も蓋もない言い方になってしまいますが、「お金」の問題です。
社会全体で介護を支える、という崇高な理念は、その費用を一体誰が、どのように負担するのか、という極めて現実的な課題と、常に隣り合わせにあります。
そして今、その費用は、制度が始まった当初の想定をはるかに超えて膨張し、国家財政と、そして私たち一人ひとりの家計の両方に、重くのしかかっています。
まず、国全体で介護にどれだけのお金が使われているのか、そのスケール感を見てみましょう。
介護サービスにかかった費用の総額を示す「介護給付費」という数字があります。
この介護給付費は、制度が始まった2000年度には、約3兆6000億円でした 。
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