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救急車を呼ぶと、何が起きるか——呼ぶ前に知っておく5つ

「何かあったら、救急車を呼べばいいですよね」「病院に運んでもらえば、あとは診てもらえますから」——在宅で介護されているご家族から、こうした声をよく耳にします。

ですが、救急車を呼ぶということは、救命のための仕組みを起動するということです。心臓が止まっていれば、救急隊は原則として蘇生の処置を始めます。本人が望んでいなかったとしても、その場で確認できることには限りがあります。

先日、亡くなられた当日に何が起きるかと、延命をしないと決めた家族が選んだつもりのないことをお伝えしました。今日はその手前にある、呼ぶかどうかの場面です。5つに整理してお伝えします。呼ぶなという話ではありません。呼ぶべきときは呼ぶ。ただ、何が始まるのかを先に知っておく。それが、戦わない在宅医療の考え方です。

なお、救急の運用は地域によって異なります。自院の地域での取り扱いは、消防や地域の医師会に確認してください。そして緊急性の判断に迷う場面では、ためらわずに呼ぶことも大切です。

呼ぶと、救命の仕組みが動き出します

救急隊の役割は、命を救うことです。ですから、呼ばれれば救命に向けて動きます。これは当然のことで、そうでなければ困ります。

問題は、看取りが近い方のご自宅で、家族が動転して呼んでしまう場合です。このとき何が起きるか。

・心臓が止まっていれば、胸骨圧迫などの蘇生処置が始まる
・本人が望んでいなかったと家族が伝えても、その場で確認できることには限りがある
・搬送先の病院が決まるまで、自宅にとどまることがある
・状況によっては、警察が臨場することもある

静かに見送るはずだった時間が、人と物音でいっぱいになります。以前お伝えしたご家族は、後日こうおっしゃいました。「静かに送ってあげたかったのに」。

誤解のないように申し上げますが、これは救急隊の落ち度ではありません。呼ばれたら救命に動く、というのが本来の役割だからです。呼ぶ側が、何を起動するのかを知らなかったというだけのことです。

近年は、本人の意思が確認できる場合の取り扱いについて、消防と地域の医療機関とのあいだで手順を定めている地域も増えています。ただし内容は地域によって異なりますので、自院の地域ではどうなっているかを確認しておく必要があります。

呼ぶ前に決めておく5つ

1. 「呼ぶ場面」と「呼ばない場面」を、先に分けておく

看取りが近い方であっても、救急車を呼ぶべき場面はあります。ここを曖昧にしたまま「呼ばないでください」とだけ伝えるのは、危険です。

分けて伝えます。

・呼ぶ場面——転倒して頭を打った、骨折が疑われる、大量の出血、窒息、やけど。つまり予期していなかった急な出来事
・呼ばない場面——これまでの病気の経過のなかで、予測されていた変化が起きたとき

前者は、看取りが近い方でも治療が必要です。ためらう理由はありません。後者は、まず在宅の医療機関へ連絡していただく場面です。

この線引きがあるだけで、家族は判断できるようになります。何も言われていなければ、すべてが「何かあった」に見えます。

2. 電話番号を、紙で渡して貼っておく

先日もお伝えしましたが、これが最も効きます。

頭では分かっていても、その瞬間に思い出せるとは限りません。動転しているときに人が押せるのは、覚えている番号だけです。そして誰もが覚えている番号は、一一九番です。

ですから、紙に書いて冷蔵庫に貼っていただきます。「息をしていないことに気づいたときは、まずここに電話してください」。番号を思い出す必要をなくしておきます。

そして必ず添えます。「慌てなくて大丈夫です。すぐに何かをしなければならない、ということはありません」。この一言があるかどうかで、その場の動き方が変わります。

3. 「呼んでしまった」ときの責め方をしない

どれだけ準備していても、家族が救急車を呼んでしまうことはあります。目の前で息が止まっていく人を見て、何もせずにいられる人のほうが少ないからです。

そのとき、責めないことです。「あれほど言ったのに」と言われた家族は、その後何年も自分を責め続けます。

当院では、こうお伝えするようにしています。「そのお気持ちは当然です。呼んでしまわれたことを、後悔なさらないでください」。実際、呼ぶことが間違いだとは限りません。判断を家族に背負わせないことが大事です。

4. 家族以外の人にも、伝えておく

見落とされやすいのが、ここです。

その場にいるのが、いつも家族とは限りません。ヘルパーの方、デイサービスの職員、たまたま訪ねてきた親戚。こうした方々は、本人の方針を知りません。知らなければ、当然一一九番を押します。

ですから、関わる事業所にも共有しておきます。以前お伝えしたサービス担当者会議は、こうしたことを決める場でもあります。そして、その場にいる誰が見ても分かるように、連絡先の紙を貼っておきます。

5. 「呼ばない」と決めたなら、代わりの受け皿を用意する

最後に、これが前提条件です。

救急車を呼ばないという方針が成り立つのは、代わりに連絡できる先があるときだけです。夜中に電話をして誰も出ない、という状態であれば、家族には一一九番しか残っていません。

以前お伝えしたオンコールの体制と、そこにつながる労務の設計は、この場面のためにあります。二十四時間つながる番号を持っていないのであれば、「呼ばないでください」とは言えません。

呼ばないでほしいと伝えることと、呼ばなくて済む体制をつくることは、セットです。

当院が経験したこと

看取りが近い方について、ご家族と何度も話し合っていました。ご本人の希望も、家族の理解も、そろっているつもりでした。

深夜、その方は静かに息を引き取られました。ですが、気づいた奥様は一一九番に電話をされました。

救急隊が到着し、蘇生の処置が始まりました。その後、警察の方も来られました。手続きそのものは滞りなく進みましたが、深夜の家の中は人と物音でいっぱいになりました。

後日、奥様が言われました。「静かに送ってあげたかったのに、あんなことになってしまって」。

当院は、方針については何度も話していました。ですが、「そのとき、どこに電話するか」だけは伝えていませんでした。方針を共有した気になっていて、動き方を渡していなかったのです。

そして今なら分かりますが、あのとき奥様が悪かったのではありません。番号を渡していなかったこちらの落ち度です。動転している人が押せるのは、覚えている番号だけなのですから。

それ以来、当院では連絡先を書いた紙を必ずお渡しし、「まずここに電話してください。慌てなくて大丈夫です」とお伝えしています。紙一枚です。あのとき渡していれば、と今も思います。

まとめ——何が始まるのかを、先に知っておく

救急車は、命を救うための仕組みです。呼ぶべき場面では、ためらわずに呼んでください。転倒、骨折、出血、窒息。予期していなかった急な出来事は、看取りが近い方でも治療が必要です。

ただ、看取りの場面で呼ぶと、望んでいたものとはかけ離れた時間が始まることがあります。それは誰かの落ち度ではなく、救命の仕組みが正しく動いた結果です。

呼ぶ場面と呼ばない場面を分けておく、番号を紙で渡して貼っておく、呼んでしまったときに責めない、家族以外にも伝えておく、そして呼ばなくて済む受け皿を用意する——この5つで、その夜の景色が変わります。

まずは今、看取りが近い方のお宅を思い浮かべてください。冷蔵庫に、連絡先の紙は貼ってありますか。貼っていなければ、次の訪問で持っていく。それだけで、防げることがあります。


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