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点滴をすれば元気になる、とは限りません——「せめて点滴だけでも」の前に

「せめて点滴だけでもしてあげてください」「何も入れないなんて、かわいそうで」——在宅で介護されているご家族から、こうした声をよく耳にします。

ですが、終末期が近づいた体は、入れた水分を処理しきれなくなっています。行き場をなくした水分は、痰が増える、手足がむくむ、呼吸が苦しくなる、という形で表に出てきます。楽にするつもりの点滴が、本人の負担になることがあります。

以前、胃ろうや点滴を選ぶ前に家族と決めておきたいことと、実際に食べられなくなったときの意思決定についてお伝えしました。どちらも「選ぶかどうか」の話です。今日は点滴そのものを扱います。5つに整理してお伝えします。点滴を否定するのでも、求められるまま入れるのでもない。何のために入れるのかを、はっきりさせる。それが、戦わない在宅医療の考え方です。

なお、点滴が必要かどうか、どのくらい入れるかは、その方の状態によってまったく異なり、主治医の判断によります。この記事は家族への説明を整えるための整理であり、点滴を控えるべきだと申し上げるものではありません。

水分を処理する力が落ちています

元気なときであれば、多めに水分を入れても、体が余分な分を尿として出してくれます。ですから点滴は安全な処置です。

ですが、終末期が近づくと、この処理する力が落ちていきます。心臓の働きも、腎臓の働きも、以前と同じではありません。すると、入れた水分が体の中にとどまります。

とどまった水分は、次のような形で表に出てきます。

・気道の分泌物が増える。先日お伝えした、喉の奥で鳴るあの音が強くなる
・手足や顔がむくむ
・肺に水が溜まり、息が苦しくなる
・お腹に水が溜まって張る

つまり、家族が「かわいそう」と思って求めた点滴が、本人にとって苦しさを増やす方向に働くことがあります。そして本人は、そのことを言葉にできない状態であることが多いのです。

誤解のないように申し上げますが、この時期の脱水がすべて悪いわけでもありません。終末期には、水分が少なめのほうが分泌物が減り、むくみも軽くなって、結果として楽に過ごせる場合があるとされています。乾いていることが、必ずしも苦しいことと同じではない、ということです。

ただし、これは看取りが近い時期の話です。回復が見込める状態での脱水は、しっかり治療すべきものです。同じ点滴でも、時期によって意味がまったく変わります。

点滴の前に確かめる5つ

1. 「何のために入れるのか」を、言葉にする

これが出発点です。目的があいまいなまま始めると、やめどきも分からなくなります。

回復を目指す時期であれば、脱水を治すため、感染を乗り切るため、という明確な目的があります。この場合の点滴には意味があります。

一方、看取りが近い時期に求められる点滴には、別の目的が混じっていることがあります。何もしないでいることに耐えられない、という家族の気持ちです。これは責められることではありません。ですが、そうと分かっていれば、点滴以外の方法も探せます。

2. 家族に、期待できることとできないことを分けて伝える

先日、胃ろうについて同じことをお伝えしました。点滴も同じです。

・期待できること——脱水を治せる時期であれば、それを改善できること
・期待できないこと——体力が戻ること、食べられるようになること、寿命が延びること

とくに二つ目です。「点滴をすれば元気になる」と思っておられる方は、非常に多い。ですが終末期においては、点滴で体力が戻ることは期待しにくいとされています。ここを伝えないまま始めると、変わらない状態を見て「量が足りないのでは」となり、増やす方向に進んでしまいます。

3. 量を、あとから減らせることを伝えておく

始めるかどうかを、一度きりの決断にしないことです。

「まず少なめに始めて、様子を見ながら調整しましょう」と伝えておきます。そして、痰が増えたりむくみが出たりしたときに、量を減らすという判断ができるようにしておきます。

以前お伝えしたように、決めたことは変えられる、と最初に言っておくことが大事です。増やすことしか想定されていないと、体が苦しくなっているのに減らせなくなります。

4. 口を湿らせることを、代わりに置く

点滴を控える場合、家族には「何もしない」ように見えます。ここが、いちばんつらいところです。

ですから、代わりにできることを渡します。口の中を湿らせる、氷のかけらを含んでいただく、好きだった味を少しだけ口に触れさせる。これらは、家族の手でできることです。

終末期の口の渇きは、体全体の水分量よりも口の中の乾燥によるところが大きいとされています。ですから、口を湿らせるケアは、本人の楽さに直接つながる可能性があります。そして家族にとっては、してあげられることがある、という意味を持ちます。

以前お伝えしたとおり、この局面で家族が抱えているのは医学的な疑問ではなく、無力感です。手を動かせる何かがあることが、その無力感を和らげます。

5. 数字ではなく、その人の様子で判断する

点滴を続けるかどうかを、検査の数字だけで決めないことです。

見るのは、その方の様子です。痰は増えていないか。むくみは出ていないか。呼吸は楽そうか。眠れているか。表情はどうか。数字が改善していても、本人が苦しそうであれば、それは目的を果たしていません。

逆に、数字の上では脱水気味でも、穏やかに過ごしておられるのであれば、それでよいという判断もあり得ます。何を目指しているのかによって、見るものが変わります。

当院が経験したこと

看取りが近い方について、ご家族から強く求められたことがあります。「何も入れないのは、かわいそうです。点滴をしてください」。

当院は、そのお気持ちに応えたいと考えました。そして、しっかりとした量を入れました。

数日後、痰が増えました。喉の奥で鳴る音が大きくなり、手足がむくみ始めました。呼吸も、以前より苦しそうに見えました。

ご家族が言われました。「かえって苦しそうになってしまって。私がお願いしたせいでしょうか」。

違います。悪いのはご家族ではありません。当院が、入れたらどうなる可能性があるかを説明しないまま、求められるままに入れたからです。

家族は、点滴で楽になると思って求めておられました。その理解を訂正しないまま応じたのは、こちらの判断でした。

それ以来、当院では点滴を求められたとき、必ず先にお伝えします。「入れたぶんを処理しきれなくて、痰が増えたり、むくんだりすることがあります。まず少なめに始めて、様子を見ながら決めていきませんか」。

そして同じ場で、口を湿らせる方法をお伝えします。何もしないのではなく、これをしましょう、と渡します。

この二つを先に言えるかどうかで、その後の数日が変わります。

まとめ——同じ点滴でも、時期で意味が変わる

点滴は、必要な場面では確実に有効な処置です。脱水を治し、感染を乗り切り、回復につなげる。この記事は、点滴を控えるべきだという話ではありません。

ただ、看取りが近い時期には、同じ点滴が別の働きをすることがあります。入れたぶんが処理されず、痰やむくみや息苦しさとして表に出る。楽にするつもりのものが、負担になる。

何のために入れるのかを言葉にする、期待できることとできないことを分けて伝える、あとから減らせると伝えておく、口を湿らせることを代わりに置く、そして数字ではなく様子で判断する——この5つで、家族の受け止め方も、本人の過ごし方も変わります。

まずは次に「せめて点滴だけでも」と言われたとき、断る前に一言足してみてください。「入れたぶんを処理しきれずに、かえって苦しくなることがあります。少なめから始めてみませんか」。断らずに、量で調整する。その余地があることを知っているだけで、話し合いの形が変わります。


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