人はなぜ知性を「賭ける」のか? チェスを巡る知の偽装・外注・再構築
ネットで対人対局をしていると、最善手と思われる手を連続して指すプレイヤーに時折出会います。序盤であればあまり気にしません。定跡の範囲であれば記憶している人は少なくないからです。
でも、こちらが定跡を外した手を指しているのに、あるいは駒が複雑に当たり合う中盤の局面に誘導しているのに、ちゃんと最善手で返してくるプレイヤーがいます。
そうしたプレイヤーの多くは、実際に対局しているデバイスとは別のデバイスなどで局面を入力して、指しています。証拠がないのになぜ断定できるのかと疑問に感じるかもしれませんが、常に最善手を指すことができる棋力があるならば、それはもうIMやGMレベルであり、2500とかそれ以上のスコアでないと本来おかしいのです。
チェスプラットフォーム側でも、こうしたチート(イカサマ)対策を進歩させており、以前ほどあからさまなプレイヤーの数は減ったように感じられますが、それでもまだたまに対局することがあります。
チェスを巡るチートやハスリングはなにも今に始まったことではなく、割と長い歴史があります。200年前のハスラーがスマホやチェスエンジン(AI)を使わなかったのは、単にそれらが存在しなかったからに過ぎず、チェスの周辺にはいつも「知の偽装」という行為が見られました。
また、そうした行為はなんらかの犯罪とも隣り合わせになっていました。
その歴史を追うだけでも面白いのですが、AIの登場は「知の偽装」という行為だけではない影響を及ぼしています。これまでの定跡にあった瑕(キズ)が発見されたり、新しい手筋の可能性が示唆されたり、駒の損得が逆転するような展開が見つかったりと、現在は日々チェスが面白くなっている時代なのかもしれません。
AIが登場する前にも、定跡を変更したり、局面の価値を新しい評価軸で読み直すという試みは行われてきましたが、それは主に一握りの天才プレイヤーの努力によるものでした。
しかし、AIを使えば、誰でもその知的作業に参加できる時代になりました。AIは人から考えることを奪うという側面もあるかもしれませんが、少なくともチェスに関しては、人が考えることを取り戻す契機にもなっていると考えられます。
そんなことをまとめたのが、『人はなぜ知性を「賭ける」のか? チェスを巡る知の偽装・外注・再構築』です。

お読みいただけたら幸いです。
ここのところ立て続けに本を出していますが、どれも関連があり以前から書き溜めてきたことをテーマ別に分けたという感じです。
合わせてご一読いただけたらなお幸いです。
