【要約】『人は簡単には騙されない』なぜフェイクニュースは世論を動かせないのか?
「大衆は簡単に騙される」
「フェイクニュースが世論を動かす」
こんな言葉をよく耳にします。
昔の哲学者から現代の評論家まで、多くの人が「人間は驚くほど騙されやすい生き物だ」と考えてきました。
プロパガンダやデマに人々が扇動された歴史的な出来事も、この考えを裏付けているように見えます。
しかし、フランスの認知科学者ヒューゴ・メルシエは、著書『人は簡単には騙されない』の中で、この常識に「NO」を突きつけます。
彼の主張はシンプル。
「人は、私たちが思うほど簡単には騙されない」
それどころか、現代社会の問題は、人々が信じすぎることではなく、むしろ「本当に信頼すべき情報を、十分に信頼していないこと」にあるかもしれない、と指摘するのです。
この本は、私たちがなぜ情報を信じ、なぜ疑うのか、その心の仕組みを解き明かします。
あなたの心はこうなっている!信念のメカニズム
心の門番「開かれた警戒」システム
なぜ私たちは、簡単には騙されないのでしょうか?
メルシエ理論の第一の柱は、「開かれた警戒」という心の仕組みです。
これは、私たちの心に生まれつき備わっている、誤った情報から身を守るための「情報の門番」のようなシステムです。
もし人間が何でもかんでも信じてしまう生き物だったら、嘘つきに利用され放題になってしまいます。
だからこそ、言葉と同時に、情報の真偽をチェックする能力が発達したはずだとメルシエは考えます。
この「門番」は、新しい情報が入ってくると、主に3つの点を無意識のうちにチェックしています。
一貫性 その話は、自分の知っていることと矛盾しないか?
情報源 誰が言っているのか?その人は信頼できるか?
議論の質 ちゃんとした理由や根拠はあるか?
この門番は、普段は固く閉ざされていて、特に自分の考えと違う情報には「警戒」します。
しかし、信頼できる人からの情報や、納得のいく理由がある場合には「開かれ」、新しい情報を受け入れます。
つまり、私たちの基本設定(デフォルト)は「疑う」こと。
信じるのは、この厳しいチェックを通過した例外的なケースなのです。
理性の本当の仕事は「議論に勝つこと」
メルシエ理論の第二の柱は、「議論のための理性」という考え方です。
これによれば、人間の「理性」が発達した一番の理由は、一人で真実を探すためではなく、社会の中で他人を説得したり、逆に他人の主張を評価したりするためだといいます。
理性とは、いわば「議論のツール」なのです。
この考え方は、心理学でよく知られる「確証バイアス(自分の考えを支持する情報ばかり集めてしまうクセ)」を、まったく新しい視点から説明します。
自分の意見を主張するとき、それに都合のいい理由ばかり集めるのは、議論に勝つためには非常に効率的な戦略。
つまり、確証バイアスは単なる欠陥ではなく、議論に勝つために進化した「機能」だというのです。
さらに面白いのは、理性の働きが「自分に甘く、他人に厳しい」ことです 。
だからこそ、一人で考えるより、多様な意見を持つグループで議論する方が、より良い結論にたどり着きやすいのです。
ある人の偏った意見も、他の人の厳しいチェックによって修正されていくからです。
合理性とは、個人の頭の中に静的に存在するものではなく、人々の議論の中から生まれてくるものなのです。
「門番」と「議論」の連携プレー
この二つの理論、「開かれた警戒」と「議論のための理性」は、見事に連携して働きます。
普段、私たちの心の「門番」は固く閉ざされています。
この門をこじ開けるための鍵が「議論」です。
納得のいく議論(理由や根拠)を提示されることで、門番は初めて扉を開き、新しい情報を受け入れます。
このモデルは、なぜ私たちの信念が普段は安定しているのか、そして、どうすれば変わりうるのかを説明してくれます。
「門番」がいるから、私たちは信念に固執しがちです。
しかし、「議論」という社会的なプロセスを通じて、より優れた考え方が、その正しさを示し、受け入れられていくのです。
理論を現実に当てはめてみる
プロパガンダや広告は、なぜあまり効かないのか?
メルシエの理論を使えば、政治キャンペーンや広告といったものが、なぜ思ったほどの効果を上げられないのかが分かります。
彼は、これらの試みのほとんどは失敗するか、ごくわずかな影響しか持たないと主張します。
例えば、ナチスのプロパガンダでさえ、人々の考えを根本から変えたわけではありませんでした。
もともと人々の心にあった不満や感情を利用し、それを増幅させることで成功したのです。
これは、私たちの心の門番である「開かれた警戒」システムが、政治家や広告主に対して最大限の警戒をするからです。
私たちは、彼らが「自分たちを説得しようとしている」ことを知っているので、情報源の信頼性が低いと判断します。
その結果、彼らのメッセージが自分の考えとぴったり一致しない限り、私たちはそれを拒絶するのです。
フェイクニュース、陰謀論、SNSの時代
現代の情報社会にこの理論を当てはめてみましょう。
メルシエは、フェイクニュースの影響も過大評価されていると主張します。
フェイクニュースは、人々の考えを変えるというより、もともと持っている信念をさらに強める役割を果たしているにすぎません。
SNSで過激な陰謀論をシェアする人は、本気でそれを信じているというより、「自分はこういうグループの仲間だ」とアピールしている場合が多いのです。
この視点から見ると、陰謀論を信じる人は「騙されやすい」のではなく、むしろ公式発表に対して「疑いすぎている」と言えます。
彼らは、専門家や主流メディアの情報を拒絶しており、これは警戒心が誤った方向で強く働いている状態なのです。
しかし、ここで一つ大きな問題があります。
私たちの心の仕組みは、顔の見える小さなコミュニティで暮らしていた時代に進化しました。
インターネットやAIによって情報が爆発的に増え、操作される現代社会に、この古い仕組みがうまく対応できていないのではないか、という批判です。
アルゴリズムが作り出す「エコーチェンバー(同じ意見ばかりが響く部屋)」は、多様な意見に触れる機会を奪い、議論による修正機能を麻痺させてしまうかもしれません。
なぜワクチンをためらう人がいるのか?
ワクチンをためらう心理は、「騙されやすさ」よりも「開かれた警戒」モデルでうまく説明できます。
まず、ワクチンへの抵抗感は、SNS時代に始まったものではなく、200年以上前から存在します。
その根源には、ワクチン接種という行為が持つ「直感に反する怖さ」があります。
健康な子どもに、病気の元を注入するという考えは、私たちの本能的な危険回避システムを刺激します。
この直感的な怖さを乗り越えるには、医師や科学者、政府といった専門家への強い信頼が必要です。
もし、この信頼が揺らいだり、身近な人から反対の情報を聞いたりすると、心の門番はデフォルトの「拒絶」に傾いてしまうのです。
つまり問題は、人々が反ワクチン論に騙されていることではなく、専門家を十分に信頼できず、ワクチンという行為そのものに直感的な脅威を感じていることにあるのです。
どうすればもっと賢くなれるか?
本当の「クリティカルシンキング」とは?
メルシエの理論は、クリティカルシンキング(批判的思考)の教え方にも大きなヒントを与えてくれます。
これまでの教育は、個人が論理的に正しく考える訓練に重点を置いてきました。
しかし、私たちの理性がもともと「議論のツール」である以上、このアプローチはうまくいきにくいのです。
解決策は、個人の思考のクセを無理に直そうとするのではなく、人々がうまく議論できる環境を作ることにあります。
目標は、完璧に客観的な思考者になることではなく、集団の中で賢明な結論を導き出すための、優れた「議論の参加者」になることです。
思考のワナを避けるための実践テクニック
私たちの「議論好き」な性質を利用して、より良い意思決定をするための具体的な方法があります。
代表的なものでは、レッドチーミングとか、スティールマニングとな、悪魔の代弁者とか、いろいろあり、全部この本で解説されているので、知りたい方はぜひ読んでみてほしい。
私たちはもっと自分の理性を信じていい
私たちは、簡単に騙される愚かな存在ではなく、自分の意見を主張するのが得意な、生まれながらの議論家なのです。
私たちの最大の弱点は、信じやすさではなく、自分の考えに固執してしまう「マイサイド・バイアス」です。
真の問題は、人々が信じすぎることではなく、信頼すべき専門家の意見を十分に信頼せず、自分と違う優れた議論に耳を貸さないことにあるのかもしれません。
解決策は、個人の思考を「修理」することではなく、学校や職場、そして社会全体で、人々が賢く議論できる環境をデザインしていくことなのです。
私たちの心には、誤情報から身を守る「警戒心」と、より良い答えにたどり着くための「議論する力」という、強力なツールが備わっています。
あとは、その使い方を学び、賢く活用していくだけなのです。
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これからも毎日、本を紹介したいのですが、このnote、ずっと赤字状態です。もし本好きの方がいらしたら、チップを送っていただけると嬉しいです。