見出し画像

バリー・ハリス丨三視点①丨光|『Listen to Barry Harris ... Solo Piano』|黒いジャケットの中で、ピアノだけが小さく灯っている

バリー・ハリス『Listen to Barry Harris ... Solo Piano』には、まず黒がある。
黒いジャケットの中に、ピアノに向かうバリー・ハリスの姿が静かに浮かび上がる。
ここには、管楽器の鋭い光も、リズム隊の熱もない。あるのは、ピアノだけがともす小さな灯。
ジャズの棚をいったん閉じる前に、その静かな光を見届けておきたい。

✽     ✽     ✽

バリー・ハリスの『Listen to Barry Harris ... Solo Piano』には、まず黒がある。ジャケットの大部分を占める黒。その中に、ピアノに向かうバリー・ハリスの姿が浮かび上がる。

派手な色はない。
大きな装飾もない。
タイトルも、白い帯の中に静かに置かれている。

Listen to Barry Harris ... Solo Piano.

このジャケットは、大声でこちらを呼び込まない。
むしろ、部屋の明かりを少し落として、耳を澄ませるように促してくる。そこにあるのは、まぶしい光ではない。

小さな灯である。

これまでジャズのレコードをいくつか聴いてきた。

リー・モーガン『The Sidewinder』には、白いジャケットに差し込む都会の光があった。

ソニー・ロリンズには、テナーサックスの大きな影と光があった。

管楽器の音は、しばしば空間を切る。音が前へ飛び、こちらの胸にまっすぐ届く。けれど、バリー・ハリスのソロピアノは違う。光が飛んでくるのではない。鍵盤の上で、静かに灯る。

このアルバムには、ベースもドラムもいない。
トランペットもテナーサックスもいない。
ピアノだけである。

だから、音の世界は小さくなる。しかし、その小ささが弱さではない。むしろ、余計なものがなくなったことで、ひとつひとつの音の明暗がはっきりしてくる。

ソロピアノは、暗がりに置かれたランプのようなものかもしれない。

部屋全体を照らすわけではない。けれど、その周囲だけを確かに明るくする。そして、明るくなった範囲の外側に、豊かな影を残す。

『Listen to Barry Harris ... Solo Piano』の光は、その種類の光である。

一曲目「The Londonderry Air」から、バリー・ハリスはピアノの中にある歌を取り出していく。

「ダニー・ボーイ」として知られる旋律は、誰もがどこかで耳にしたことのある古い歌の気配を持っている。それを、バリー・ハリスはただ懐かしく弾くだけではない。鍵盤の上で、自分の言葉に置き換える。懐かしさに沈まない。かといって、無理に現代的に飾り立てるわけでもない。古い旋律に、小さな新しい光を当てる。この「当て方」が、バリー・ハリスらしさなのだと思う。

ソロピアノには、演奏者の影が出る。誰と一緒に演奏している時よりも、むしろその人の音楽観が露わになる。

何を大切にしているか。
どこで歌うか。
どこで間を置くか。

どこで走らず、どこでふっと先へ行くか。
その判断が、すべて音になる。
バリー・ハリスの光は、派手な技巧の光ではない。もちろん、彼の技術は確かである。だが、その技術は見せびらかすためにあるのではない。

歌を照らすためにある。
旋律の輪郭を浮かび上がらせるためにある。
ビバップの語法を、部屋の中で呼吸できるものにするためにある。

裏ジャケットの解説では、アート・テイタムやバド・パウエルの影響が語られている。
たしかに、このアルバムには先人たちの光も差している。

テイタムのきらめき。
パウエルの鋭さ。
モンクの不思議な角度。

けれど、バリー・ハリスはその光をそのまま反射しているのではない。自分の中でいったん受け止め、少し柔らかくしてから、鍵盤へ戻している。
だから、このアルバムはまぶしすぎない。
聴き手を圧倒しない。けれど、気がつくと耳がそちらへ向いている。

暗がりの中で、誰かが小さな灯をともした時、人は自然にその光を見る。

このレコードの音も、それに近い。

「Body and Soul」や「I Didn’t Know What Time It Was」のようなスタンダードも、ここでは過度に情緒的にならない。よく知られた曲だからこそ、安易に泣かせることもできる。しかしバリー・ハリスは、そこへ大げさなスポットライトを当てない。
音楽の輪郭に必要なだけの明かりを置く。
この抑制がいい。

ジャズシリーズをいったん閉じるにあたって、このアルバムを聴く意味も、そこにあるような気がする。締めだからといって、大きな花火を上げる必要はない。むしろ、最後に小さな灯を残す。その灯が、次に別のジャンルへ向かうまでの間、部屋の中で静かに燃えている。

ロック、ポップス、ボサノバ、レゲエ。

これからレコード棚の風向きは変わる。
暑くなる季節に向けて、音楽の服も少し変わっていく。でも、その前に。バリー・ハリスのピアノの灯を見ておく。ジャズの夜の中に、ひとつだけ小さな明かりが残っていることを確認しておく。

『Listen to Barry Harris ... Solo Piano』。

このアルバムの光は、遠くまで派手に届く光ではない。だが、近くで聴く人の耳元を、確かに照らしてくれる。黒いジャケットの中で、ピアノだけが小さく灯っている。その灯を見届けてから、ジャズの棚をそっと閉じる。


いいなと思ったら応援しよう!

リョータ よろしければ応援お願いします! とても励みになります! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!