レコード男子|The Beatles|『RARE BEATLES』|チャック・ベリーの火種から、リバプールの言葉が立ちのぼる
The Beatles『RARE BEATLES』を聴く。
ビートルズ初期盤の3枚目である。
ここまで来ると、ただの前史ではなくなってくる。
ハンブルクで鍛えられ、リバプールで育ち、アメリカのロックンロールを吸い込んだ若者たちが、少しずつ自分たちの言葉を探し始めている。
チャック・ベリーの火種から、リバプール・イディオムの気配が立ちのぼる一枚だ。
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The Beatles
『RARE BEATLES』を聴く。
ビートルズ初期盤の3枚目である。
ここまで来ると、ただの前史ではなくなってくる。
トニー・シェリダンとのハンブルク録音。
1961年、僕が生まれた年に残された荒削りなロックンロール。そして、この『RARE BEATLES』。
ここには、ビートルズがビートルズになっていく途中の、かなり面白い気配がある。
ジャケットは白を基調に、若い4人の姿が配置されている。前の2枚にあったハンブルクの夜の湿り気や、新聞紙に包まれた前史感とは少し違う。もう少し「商品」としてのビートルズが立ち上がっている。
ただし、まだ完全な完成形ではない。
この中途半端さがいい。
収録曲を見ると、ビートルズがどこから栄養を吸っていたのかが、かなりはっきり見えてくる。
「Roll Over Beethoven」
「Sweet Little Sixteen」
「Little Queenie」
チャック・ベリーである。
やはり、チャック・ベリーはすごい。
ビートルズだけではない。
ローリング・ストーンズにも、ビーチ・ボーイズにも、ロックンロールを受け継いだ多くのバンドに、チャック・ベリーの影がある。
ギターのリフ、言葉の転がし方、車、若さ、ダンス、街角、ラジオ、十代のざわめき。
それらをポップミュージックの血管に流し込んだ人だと思う。
ビートルズも、その血を吸っている。ただし、この盤の面白さは、単に「チャック・ベリーをカバーしています」という話では終わらないところにある。
「I Saw Her Standing There」がある。
「Ask Me Why」がある。
「I’m Gonna Sit Right Down And Cry Over You」がある。
「A Taste Of Honey」がある。
「Besame Mucho」がある。
「Kansas City」もある。
「Long Tall Sally」もある。
ロックンロール。
R&B。
ポップス。
ラテン風味。
ステージで鍛えられたカバー曲。そして、後のビートルズにつながるオリジナルの気配。
この混ざり方が、いかにも初期ビートルズらしい。彼らは、最初から完成された作家集団だったわけではない。いろいろな曲を演奏した。何時間もステージに立った。観客を乗せるために、レパートリーを増やした。アメリカのロックンロールやR&Bを吸い込み、ヨーロッパのクラブで鳴らし、リバプールの湿度をまとわせていった。そこに、少しずつ独自の言葉が生まれる。
僕は、それを勝手に「リバプール・イディオム」と呼びたくなる。単なる方言という意味ではない。
音楽の言葉遣いである。
メロディの跳ね方。
コーラスの重なり。
少し皮肉っぽく、でも明るさを失わない感触。
アメリカのロックンロールをそのままコピーするのではなく、自分たちの声で言い直す感じ。
この『RARE BEATLES』には、その気配がある。
まだ完成していない。でも、すでに何かが違う。
「I Saw Her Standing There」は、その代表だと思う。のちのビートルズの勢いを予告するような曲であり、若い身体がそのまま音になっている。
ロックンロールの形式を借りながら、そこに彼ら自身の言葉が入りはじめている。
「Ask Me Why」には、別の顔がある。激しいロックンロールだけではなく、少し甘く、少し陰のあるメロディを扱う感覚。このあたりに、後のビートルズの幅がすでに見える。
一方で、チャック・ベリーの曲を聴くと、やはり足腰の強さを感じる。ロックンロールの基本フォームを、彼らは身体で覚えている。だから、オリジナルに向かうときにも、ふわふわしない。
どこかに地面がある。
これは大事なことだ。
新しい音楽は、いきなり空中に建つわけではない。
古い曲を演奏し、先人のフレーズを吸い込み、観客の反応を見て、夜ごと演奏を続ける。
その積み重ねの上に、ある日、自分たちの言葉が出てくる。
ビートルズの場合、その土台のひとつがチャック・ベリーだった。もちろん、チャック・ベリーだけではない。リトル・リチャード、カール・パーキンス、レイ・チャールズ、モータウン的なもの、ブリル・ビルディング的なポップ感覚、英国のスキッフルやクラブ文化。いろいろなものが混ざっている。
けれど、チャック・ベリーの曲が入ると、場の電気が変わる。
ギターが街角を走る。
言葉が車輪を持つ。
曲が前へ転がっていく。
ロックンロールというものが、単なる音楽ジャンルではなく、若さの移動手段だったことがわかる。
この初期ビートルズ盤を並べて聴くと、時間の流れが見えてくる。
1枚は、1961年という僕の生まれ年に刻まれた、革ジャンのハンブルク。
もう1枚は『RARE BEATLES』。
そこから少し進んで、ビートルズの輪郭が見え始める。
まだ荒い。
まだレア音源的な扱いである。
音質や編集の面でも、正規の代表作を聴く感覚とは違う。でも、そこがいい。レコードというものは、完成された名盤だけを棚に置くものではない。
途中の音も置ける。
未完成の音も置ける。
後から見れば意味を持つ、奇妙な記録も置ける。
『RARE BEATLES』は、そういう盤だと思う。
この盤を聴いていると、ビートルズが最初から神話だったわけではないことを思い出す。
彼らもまた、誰かの曲を演奏していた。
誰かのリフを覚えていた。
誰かの歌い方に憧れていた。
そして、目の前の観客に届くように、自分たちなりに鳴らしていた。その結果、やがて彼らは世界を変える。しかし、世界を変える前の彼らには、もっと小さな仕事があった。
今夜のステージを成立させること。
観客を退屈させないこと。
自分たちの音を少しでも強くすること。
誰かの曲を、自分たちの身体で鳴らすこと。
そこから、ビートルズは始まっている。
チャック・ベリーの火種から、リバプールの言葉が立ちのぼる。この『RARE BEATLES』は、その瞬間を完全な形で記録しているわけではないかもしれない。けれど、断片だからこそ見えるものがある。
完成品では見えにくい、若いバンドの吸収力。
カバー曲の中に現れる個性。
ロックンロールの身体性。
そして、後のビートルズに続くリバプール・イディオムの気配。
針を落とす。
まだ青い。
まだ荒い。
でも、もう何かが始まっている。
ビートルズは、ここでもう少しビートルズになっている。
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