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『思いきり生きる』と決めた日から~「仕事」と「働く」の狭間で・その1~


ここ1年ほど、これからの仕事について考えることが多い。

いや、仕事?

それとも、働くこと?


同じようでいて、ちょっと違うこの二つ。

AIによると、

「仕事」と「働く」の大きな違いは、
「対象物(名詞・ゴール)」に焦点を当てるか、
「行動やプロセス(動詞・主体的な営み)」に焦点を当てるか、なのだという。

仕事とは――
一つの役割や、客観的に果たすべき「事柄・成果」そのもの。


働くとは――
体や頭を動かして「価値を生み出す行為」そのもの。


果たして、いまのわたしが考えているのは、
「仕事」についてなのか。

はたまた、
「働く」ということについてなのか。

どっちなのかな……。


わたしは、長いこと仕事をしてきた。

社会人になったら働く。
それが至極当たり前だった時代だ。

シングルマザーになってからは、働くことは生きていくための糧でもあった。

働かないという選択肢は、なかった。

時には、
「働くのは普通のことだから」と働き、

時には、
「親子で生きていくために」と働いた。

生きていくための仕事ではあったけれど、そんな中で、わたしはパソコンとの相性がいいことに気づいた。

パソコンの存在によって、会計ソフトを使うことも楽しかったし、ワードやExcelを覚えて使えるようになっていくことも楽しかった。

必要に迫られて取得した資格もあった。

けれど、会社も意欲的に学ぶことには大賛成で、資格取得を応援してくれたものもある。

いつの間にか、履歴書には書ききれないくらい、仕事に役立つ資格を持っていた。

仕事の楽しさを知ると、
「もっと、もっと」と、上を目指したくなる。

そんな志を持った女性たちとの出会いもあって、わたしは「起業家」を目指すようになった。

その前段階として、企業内起業もしていた。

たぶん、思いがけなかった両親の死や、東日本大震災がなかったら。

わたしは、そのまま独立して、自分の会社を持っていたかもしれない。

でも――

東日本大震災の前年に、両親が70代で相次いで亡くなり、
その翌年に、東日本大震災を経験した。


その二つの出来事によって、わたしの人生観は大きく変化した。

大きな、大きな喪失感。

欲しいものも、
やりたいことも、
行きたいところも、

何もなくなっていた。

そんなわたしが、その先に目指したのは「人に関わること」だった。

人を失った寂しさは、
人でしか埋められない。


そう思ったのだ。

そして、5年近くの準備期間を経て、自宅の1階にカフェをオープンした。

料理はできるけれど、好きではないのに(笑)。

人と出会ったり、人と関わったりするのなら、カフェがいい!

そんなふうに、安易に思いついてしまったのだ(笑)。

もちろん、飲食業の難しさは、わたしにもわかっていた。

だからこそ、準備期間を長くした。

運転資金も準備した。

そして、それまでの仕事も労働形態を変えて、継続することにした。

これについては、結果的にわたしにとっても会社にとってもWin-Winになった。

そして、いよいよ11年前。

わたしは自宅カフェをオープンした。

ところが――

飲食業は、
自分が思っていた以上に、本当に大変だった。

飲食業は、経営だけが大変なのではない。

経営以外にも、さまざまなネガティブな要因が溢れている。


わたしも、まんまとその溢れた波に、何度も飲まれそうになった。

いや。

時には、しっかり飲まれていたなぁ(笑)。



そして、ここからが、

「仕事」と「働く」の狭間で、
わたしが考えるようになったことなのかもしれない。

~仕事と「働く」の狭間で・その2~
に続く。

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