広島旅行記、だいたい閉店
おはこんにちは。檸檬です。
友人と旅行に行ったので、
その一日を振り返っていこー!
ということで、色々ありましたので、それを綴っていこうと思います。
原爆ドームと桜
到着してから午前中はほとんど、平和記念資料館を見てきました。予定ではもっと短時間だったのですが、みんなかなりじっくり見ることになりました。
授業でやるよりも、やはりこういう一次資料を見ていったほうが衝撃というのはなかなか大きいものです。ひどく暗澹たる思いで施設を出ました。
驚きだったのは、原爆ドームの近くに川があるのですが、その橋を渡って対岸に「花見の注意書き」のようなものがあったことです。そのときは桜のシーズンから少しズレていましたが、周りを見てみると、少しばかり花見をしている人がいて、「なんだかな」と思いました。原爆ドームが桜と同じようにコンテンツとして消費されているような、そんな感覚を覚えたと言えます。
ふと、思い出したのは、『檸檬』で知られる梶井基次郎の、これまた有名な話『桜の樹の下には』
ちょうど桜の下には川があって、それは原爆が落ちたときに人々が逃げ込んで、そして亡くなっていった場所。そこの岸の上に、見事な桜が咲いているというのは、弔いのような気もしますし、逆に死者を栄養にして咲く恐ろしい花のようにも思えます。「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」ほんとうに、そんなことがあるのなら、私たちはその下で花見を楽しむ権利に伴う責任を、どう果たしていくのでしょう。
はてはて。外国人の観光客の方が多いので、空いてる時間をと思い、お昼ご飯を食べる前に、先に行ったのですが、正直、見た後にご飯を食べようとは思えませんでした。というより、入らない感じがしました。
宮島と雨とシャッター
ですので、宮島の方まで移動してくると、時間はもう15:00。さすがに何か食べようということで、「花子 宮島口店」というところで遅めのお昼ご飯。

私一番人気を頼みました。名前は長くて思い出せません…広島の方では焼きそばをパリッとするんですね。食べ応えがあって、満足感も充分。中のチーズがたら〜んと伸びて、美味しかったです。
ここで一旦先にお土産を買うことに。もみじ饅頭をセレクトしました。
フェリーで宮島に移動。着いたのは18:00程でした。厳島神社はもう閉まっていたので、宮島まで来て厳島神社をちゃんと見れず。あの鳥居を近くで見たかったです。雨がしきりに降ってきて、夜ご飯を食べたいということで、商店街に。
商店街が開いていない!何ということでしょう。色々探してみましたが、チェーン店ではないお店は2店しか開いてなかった気がします。
ただ、メンバーの食べれないものなどを考慮し、宮島での食事は断念。雨の中歩いた商店街の閉店を示すシャッターは心のフィルムに焼き付きました。
海岸で少し遊んでから戻ることに。どうやら、友人が友だちから宮島の海水のお土産を頼まれているということで、ほんとうに海岸で取水してたのには驚きました。
あとは、宮島には鹿がたくさんいました。鹿とツーショットを撮ることができて、何気に嬉しかったです。宮島の鹿は人馴れしていて、かなり近づいてもノーリアクション。鹿生を諦観しているかのような佇まいは、なんだかはしゃいでるこちらが申し訳なくなるほど。
厳島 雨にうたれど 永遠の秋かな
旅行先で人生初吉野家
そんなこんなで、宮島から広島市の方に戻ってくると、辺りはすっかり暗く、帰りの時間もまじかに。
宮島で夜ご飯を食べれなかったので、広島で食べようということで、調べてみると、複数のお好み焼きを出しているお店の集合地である「お好み村」という場所がヒット。
グーグルマップで見ると、営業時間は長いところで23:00くらいまでとあり、油断していました。22:30くらいの時間帯に建物に入りましたが、もうどこも営業終了!後日、もう一度ちゃんと調べてみますと、公式のサイトには「売れきり次第終了」と書いてありました。
ということで、夜ご飯もままならない状況に。苦肉の策でしたが、近くの吉野家にかけこみました。何気にこれが人生初。

時間が迫っていたので、ほんとに急いで食べました。味わうことはあまりできませんでしたが、結構辛かった(私は中辛を辛くて食べれないとなるほど辛いものに耐性がないということを前提に)です。
終わり
その後、なんとか帰路につけました。友人と、ご飯がメインという話をしていたのに、旅行中食べたものはお好み焼き1枚(友人と半分個したので、実際には0.5枚)と吉野家の牛丼一つ。旅とはままならないものです。それと、旅の醍醐味は移動中にあるなとも感じます。友人ととりとめなく話すのはやはり愉しいものです。
ひもすがら ひもじい旅も 暮の春
ご拝読、ありがとうございました。
