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検察の正義とは何か―弁護士が『HERO』を通して考える

ドラマ『HERO』についてどう思いますか、という質問をいただきました。ご質問ありがとうございます。

『HERO』は木村拓哉さん演じる検察官・久利生公平が活躍する物語です。

弁護士である僕の目からすると、『HERO』は現実の検察実務からはかけ離れているものの、それにもかかわらず検察官が「公益の代表者」としてどうあるべきかを問いかける点で本質をついているのではないか、と感じています。

※この記事はネタバレも含みますのでご注意ください。


現実の検察官はあんなに現場に行かない

久利生は、いろいろな現場に行きます。事件があった場所へ足を運び、関係者に会い、自分の目で確かめます。

しかし、現実の検察官は現場にはあまり行きません。

理由は二つあります。一つは、検察官がたくさんの事件を抱えていることです。現場に行けば、一時間、二時間は取られます。それだけでも、ほかの事件の仕事がかなり圧迫されます。

もう一つは、捜査の役割分担です。足りない証拠を確認したり集めたりする補充捜査は、基本的には警察がします。検察官は原則として、警察の捜査の進め方について大きな方針を示すという形で、一般的な指示や指揮をする立場です。検察官も自分で捜査をすることもできるのですが、基本的には警察に任せますし、警察の領域を無暗に侵害するようなことはしません。

勿論、例外はあります。法律問題やその人が犯人かどうかなどの判断が難しい事件で、検察官が難しい判断を迫られることがあります。そういう例外的な場面では、実際に現場に行って自分の目で見る検察官もいます。実際、僕もそういう検察官を見たことがあります。

いずれにしても、久利生のように現場に行きまくる検察官はいません。

ただし、現場に行くことはとても大事なことです。
司法試験に合格した後の研修機関である司法研修所においても、刑事弁護教官が現場を自分の目で見ることの大切さを繰り返し説いています。ですので、久利生は刑事弁護人になったら、とてもいい弁護士になるのではないかと思います。

久利生公平の正義感

僕がこのドラマを好きな部分はその先です。

検察官のところには、警察から一件記録が送られてきます。警察が捜査した結果をまとめた記録です。中に入っているのは、取調べをした人が相手の話を聞いてまとめた調書や、捜査にあたった人が見たことや調べたことをまとめた報告書です。どれも、他の人がまとめたものです。検察官は通常、この記録を読んで、重要証人や被疑者の話を聞いて、起訴・不起訴の判断をします。

久利生は、この記録の中身をそのまま鵜呑みにしません。自分でその現場を見ようとします。自分で被疑者の顔を見て話し、被害者の生の声を聞いた結果を大事にしています。

現場に行く表現は目立ちますが、それは一つの周辺事情にすぎません。ここで大事なのは、久利生が「自分の目で見て、自分で考えて決めようとしていること」だと思います。

だから、久利生の正義は、政治信条のようなもので決まっていません。被害者を助けるとか、被告人を強く罰するとか、そういう偏りがあるわけでもありません。その都度、現場を見て、自分で考えて決めています。

世間が処罰を求めるとき、検察はどうすべきか

第10話では人気キャスターが襲われます。被疑者は、警察の取調べでは自白していました。しかし、久利生の取調べでは否認します。襲われたキャスター本人も、犯人の顔を見ていませんでした。久利生は、この被疑者を証拠不十分で不起訴にします。

そして、キャスターがもう一度襲われます。担当検事が不起訴にしたから再犯が起きた、という形で、久利生は世間から猛批判を浴びます。久利生が過去に逮捕されたことがあるという事実まで報道され、大きなバッシングになります。

その後、別の人が犯人である可能性を示す情報が出てきます。それでも、ドラマの中の捜査機関は、不起訴になった人を犯人とみる最初の見立てから離れられません。結局、その人は自ら命を絶ってしまいます。

久利生がこの回でしたことは、被疑者の味方をすることでも、被害者の敵になることでもありませんでした。この人が犯人だと言える証拠が足りない以上は起訴してはならないという、検察官として守らなければならないラインを守ったまでです。

検察官は、世間からバッシングされるような状況になっても、どんな圧力が加えられたとしても、法律と証拠に基づいて判断をしなければならない。それが久利生の正義であり、検察官としてあるべき姿だと思います。

一つの事件に向き合うということ

第10話の騒動の責任を取るような形で、久利生の石垣島への転勤が決まります。それでも久利生は普段と変わらず、サッカースタジアムで警備員・咲坂勇次が刺殺された事件を担当することになります。被疑者は建設会社の桐山という男で、完全に黙秘しています。

そこへ突然、東京地検特捜部がやってきます。特捜部は、桐山を別件との関係で取り調べ始めます。一見ただの殺人事件だったものの背後に、政治家をめぐるもっと大きな事件があるらしい、と分かってきます。

久利生が引っかかるのは、桐山と殺された警備員・咲坂勇次との間に、ほとんど接点が見つからないことです。そもそも、この警備員が殺される理由がないのです。そこで久利生は、咲坂は本来の標的ではなく、誰かをかばって殺されたのではないか、と考え始めます。

久利生は、いつもどおりの捜査をします。現場へ行き、人に会い、葬儀に五百万円もの香典が届けられていたことなどを、一つずつ拾っていきます。その結果、事件当日、スタジアムのVIPルームに若手の有力政治家・諸星敬介がいたことを突き止めます。

真相は、殺された警備員が、本当の標的だった諸星をかばって刺された、ということでした。五百万円の香典を出したのも諸星でした。諸星はその事実を知っています。ところが、裁判で証言することを拒みます。

諸星には証言を拒む事情がありました。諸星は大物政治家の汚職を追っていて、いつ、どういう形で告発するかという計画を持っています。自分がスタジアムにいた事情を今明らかにすれば、その計画も表に出てしまいます。だから諸星は、国の将来のために今は証言できない、という趣旨の態度を取ります。

久利生は怒ります。諸星が見ているのは、大物政治家の汚職追及を成功させたい、という問題です。しかし、殺された警備員には良太という息子がいます。父親を殺された子供が、なぜ父親が死んだのか知りたがっている。久利生にとっては、この「事実」のほうが先にあります。

諸星は、国のためという大きな物語を語ります。久利生は、目の前で父親を失った子供に真実を説明することもできない人間が国の将来を語るな、と諸星に迫ります。

最終的に、諸星は考えを変えます。追っていた汚職を告発する記者会見を開き、それを受けて桐山も黙秘をやめます。桐山は、タケマ建設と大物政治家・三枝との汚職関係を守るため諸星を標的とし、その犯行の動機隠すために黙秘を続けていたのですが、諸星の会見によって黙秘を続ける理由がなくなったのです。

事件解決後、久利生は被害者の息子に対して、「将来の総理大臣守ってんだぞ。ヒーローはお前のオヤジだろ」と述べて終わりました。

久利生は、処罰をしろというプレッシャーに負けず証拠がないから不起訴にしました。ここでは逆に、政治家や特捜部が「もっと大きな事件」を見ていたなか、久利生は、目の前にある一人の警備員の殺人事件を大事件の枝葉として扱いませんでした。向きは逆でも、久利生の態度はいつも同じです。事件に大きいも小さいもなく、目の前の事実と向き合い、自分で考えるということです。

また、ドラマ『HERO』は久利生やその理想を英雄視しているというよりも、真剣に生きている誰もがHEROになり得ることを示唆していると思います。

「公益の代表者」とは何か

検察官は、法律上、公益の代表者として位置づけられています。社会全体の利益を代表する立場です。

では、その公益とは何でしょうか。
世論が望んでいることなのか、
被害者が望んでいることなのか、
組織の信頼を守ることなのか、
犯罪者を一人でも多く処罰することなのか。
いろいろな考え方があります。
現場の検察官が毎日考えながら仕事をしなければならない、永遠のテーマです。

久利生の正義は、目の前の事件に向き合い、事実や人を自分の目で見て、法律と証拠に基づいて自分で判断することです。

弁護士の僕から見ても、そのような検察官は一つの理想だと思っています。

総評

『HERO』の評価は以下のとおり。

★★★★★ 5つ星!満点です!

僕もこのドラマを見て検察官になりたいと思ったことがありました。実際に検察官の人で『HERO』を見て志したという方もいます。多くの人達の心を動かす、とてもいいドラマだと思います。

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