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『バックルームズ』は何が怖いのか―人間を知らない何かが人間の世界を作ったら

映画『バックルームズ』を観ました。ネット上の怪談を題材にしたホラー映画です。

この映画は、なぜそういう空間があるのかも、なぜそれが不気味なのかも説明してくれません。とくにラストは、大きな謎を残したまま終わります。この映画は結局何が起きていたのか、と不思議に思った人も多いのではないでしょうか。

そこで、今日は『バックルームズ』について、
・どんな映画でラストはどう解釈できるのか、
・元になった原作はどのようなものなのか、
・この映画の何がホラーなのか
といったことを考えていきたいと思います。

※この記事は結末まで含めてネタバレしますのでご注意ください。


『バックルームズ』とはどんな映画か

主人公は家具店の店主です。人生が思うようにいかず、カウンセリングを受けています。

店主は、店の地下の壁をすり抜けた向こうに、それまで存在しなかったはずの巨大な空間を見つけます。そこに入っていくと、廊下と部屋が迷路のようにどこまでも続いています。

その空間は、人間が作った建物の中のように見えます。
ただ、どこかがおかしい。
意味のないところに家具が置かれていたり、小さすぎる出入り口があったり、天井の蛍光灯が柱によって埋もれていたりしています。
しかも、その空間には怪物がいて人を襲います。

さらに、この空間は人間のような外見をしているのに、目や鼻といったパーツの配置がおかしい人形もいます。作中では ”still life”と呼ばれています。劇中には、still life について「犬を一度も見たことがない人に、言葉だけで犬を説明して描かせたようなもの」という趣旨の台詞があります。

店主は、この空間の中で自分の巨大な still life に遭遇します。店主はそれを、自分を理解してくれる存在だと思って受け入れようとしますが結局その still life に食い殺されてしまいます。

一方、 still life から逃げ切ったカウンセラーはバックルームズを研究している企業の研究員によって救出されます。

これで終わりかと思いきや、カウンセラーはその企業の施設で事情聴取を受けることになります。カウンセラーは、自分は帰れるのかと確かめますが、担当者は曖昧な態度のまま終わってしまいます。

そして映画の最後、カメラはバックルームズの内部を映していきます。そこには、事情聴取を受けていた部屋の中にカウンセラーの still life がいました。

ラストで何が起きたのか

バックルームズは、曖昧な記憶をもとに人を模倣しているように見えます。そう考えると、このラストの基本的な形は、カウンセラーがコピーされて、バックルームズの中に存在するようになった、というものです。

ただ、不可解な点があります。カウンセラーという人物をコピーしただけでは、事情聴取を受けていた部屋も一緒にコピーされたことの説明がつきません。あの部屋はカウンセラーがバックルームズから出た後に入った部屋であり、バックルームズの中にいた時点のカウンセラーはその部屋の情報を持っていません。それなのに、なぜあの部屋まで含めてコピーできたのか。映画は、この答えを書いていません。

考えられる可能性は二つあります。

一つ目は、バックルームズという虚構の側が現実を侵食し始めた、という説です。

バックルームズを研究しているあの企業は、バックルームズへの入り口を持っていて、研究所とバックルームズはつながっています。そのつながりを通じて、研究所のほうがバックルームズ側から侵食を受け、部屋ごと模倣された、と考えることができます。

二つ目は、カウンセラーは本当はバックルームズから出ていなかった、という説です。

カウンセラーは救出などされておらず、バックルームズに取り込まれてしまっていたということです。事情聴取の部屋も含めてすべてがバックルームズの中の出来事だった、だからカウンセラーは事情聴取の部屋に関する幻覚を見ているという読み方です。

映画はこの答えを描かない不安定な描き方をして終わっています。

いずれにしても、過去に閉じ込められるトラウマを持ったカウンセラーが、事情聴取の部屋又はバックルームズから外に脱出できないという形で結末を迎えます。

掲示板の一枚の写真から生まれた話

そもそも元ネタのバックルームズは物語がきちんと決まっているものではなく、ネット上の都市伝説のようなもので、とても曖昧な話です。

2019年に匿名掲示板の4chanに「見ていると何となく不安になる、“何かがおかしい”画像を貼れ」という趣旨のスレッドが立っていました。
今ではアーカイブしか残っていませんが、そこに投稿された一枚の写真が全ての始まりです。

https://archive.4plebs.org/x/thread/22661164/#22661164

そこに匿名のユーザーが設定を書き加えていきました。ある場所でゲームの壁抜けバグのように現実からすり抜けてしまうとバックルームズに落ちる。そこには、途方もなく広い無人の空間が永遠に続いている。近くで何かが歩き回る音を聞いたならその何かもこちらの存在に気づいている…。

これがバックルームズの元ネタです。

元ネタはこんな感じでとりとめがありません。何かいるらしいが、何がいるかは分からない。むしろその曖昧さが怖さを生んでいました。

2022年、当時16歳だったケイン・パーソンズさんがこれを題材にした短編映像をYouTubeに公開し、大きな反響を呼びました。その本人がさらに設定を加えて映画にしたのが、今回の映画版です。撮影したのは19歳のときでした。

あべこべの不気味さ

この作品の何が怖いのか。これは難しい問いで、同時に、この映画の面白いところでもあります。

僕が見ていて一番初めに気になったのは、窓がないことでした。閉じられた空間で、閉塞感と非日常を感じます。

そこから天井や出入り口など色々な空間の不自然性に気が付いて行きました。

人間が作るものは人間がそれを必要だと感じているから作られています。窓も、蛍光灯も、家具も、それを使う人がいるから、そこにあります。

ところがこの空間は、人間のために作られたはずなのに、あるべきものがなく、ないはずのものがあります。
あるべき窓が一つもない、
意味のないところに置かれた家具がある
蛍光灯があるべき場所にない。
このあべこべが不気味なのです。

still life も同じ形をしています。
目があり、鼻があり、口があり、手があります。しかし、あるべきものがあるべき場所にありません。
反対に、人間にはないはずの三つ目や四つ目の目があったりします。
建物に出ていたあべこべと同じ不気味さが、人間の形をしたものにも出ています。

これは初期のAIの画像生成に似ています。
はじめのころはAI生成かどうかは「手」を見れば分かりやすいと言われていました。不自然な方向に伸びていたり、6本目の指があったりしたからです。
AIは外見上の特徴は学習していても、なぜそういう構造になっているのかはまったく理解していない。だから、こういうものが出来上がります。

この不気味さは、バックルームズという空間そのものにも表れています。
廊下があり、部屋があり、家具があり、蛍光灯がついています。
人間が使えるはずの空間です。
それなのに、使う人間だけが存在しません。
だから、ここが何のための空間なのかが分からない。
分からないというのが、怖いのです。
ラストの終わり方も、あえてこの「分からなさ」を残すためのものだと思います。

現代ホラーの妙味

最初は、この不気味さが分かりにくくて、アメリカなど海外の人の感覚が背景にあるのかと思いました。何か分からない建物の恐怖は映画『CUBE』でもお馴染みですね。
ただ、日本にもまったく馴染みがないわけではないことに気がつきました。

現実にあるものが虚構の世界によって歪んでしまう不気味さなら、『きさらぎ駅』というネット発祥の怪談があり、映画にもなっています。なぜそんな空間が作られているのか分からない怖さなら、『変な家』があり、こちらも映画化されています。

昔は、ホラーの恐ろしさは人間の外側にあることが多かったと思います。森、海、山、洞窟。そういった自然が、人間には理解できないものとして恐れられてきました。

バックルームズは逆です。オフィス、ショッピングモール、家具、通路。人間が自分たちのために作った場所が、自分たちのものではなくなってしまう。そこに怖さがあると思います。

現代には、「ロボットやCGなどが人間に似てくるにつれて強い違和感や恐怖感を抱くようになる心理現象」、いわゆる「不気味の谷」という言葉もあります。この作品は、まさにその不気味の谷のようなものを描いたという意味でも、現代ホラー作品といえるのではないでしょうか。

この映画には人間を食い殺す怪物はたしかに出てきます。それでも、この映画にあるのは、「人間のために作られた空間から、人間だけを取り除いたら、何が残るのか」というその恐怖の方だと思います。

総評

『バックルームズ』の評価は以下のとおり。

★★☆☆☆ 2つ星!もう少し!

怪物は余計だったか、出すならもう少しそちらの方針で展開したほうが面白かったと思います。一方、これだけの視覚・音楽表現を取り込んだ難しいテーマの作品を19歳で撮れるなんて本当にすごいと思います。次回作にも期待しています。

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