『ブルーロック』が描く”エゴ”と日本人に足りないもの
漫画『ブルーロック』は、日本がワールドカップで優勝するには世界一のストライカーが要る、という前提から始まるサッカー漫画です。全員フォワードのサッカー漫画ってコンセプトだけでも面白いですね。
この作品の中心にある言葉は「エゴ」です。そのため、協調性やチームワークを否定する漫画として受け取られることがあります。
僕は、この作品がしているのは、日本のサッカーへの批判というより、日本社会への批判だと思いました。
この漫画はとにかく言語化が上手くて、人生論や哲学を踏まえて、自分の人生を自分で切り開くことをテーマにした作品だと捉えています。
そこで、今日はこの『ブルーロック』について考えてみたいと思います。
※この記事は原作漫画を読んでいない人にも楽しめるように書いていますが、受け取り方によっては若干のネタバレと感じられるような記述も含みますのでご注意ください。連載中の最新話である359話までの内容をもとに書いています。
『ブルーロック』はどんな作品か
日本がワールドカップで優勝するために必要なのは世界一のストライカーである、という前提のもと、300人の高校生フォワードが一か所に集められます。
指導にあたるコーチが掲げるのは、エゴイズムにあふれたストライカーこそ日本に必要だ、という考えです。それまで日本のサッカーが大切にしてきた協調性やチームワークは捨てろ、という方向で物語が始まります。
集められた選手は全員がフォワードです。その中で11人単位のチームが組まれ、選手たちは互いに競い合い、蹴落とし合いながら、ふるいにかけられていきます。
作品は「エゴ」という言葉を大事にしていて、日本にはそれが足りない、という立場で書かれています。
現実のサッカー選手の名前を出したうえで「そいつらってW杯優勝してなくない?じゃあカスでしょ」という台詞があったり、現実の監督をモチーフとした人物が頼りなく描かれているなど、日本のサッカーを貶めているという受け取られ方をしてたびたび炎上しています。
サッカー漫画としてはフィクション多めだと思いますが、原作者は「神さまの言うとおり」の金城宗幸さんで、デスゲーム感のある設定や世界観が面白く引き込まれる作品になっています。
金城さん自身、ガチンコでサッカーの技術や戦術をメインでやるのではなく、バトルアクション漫画を作りたかったとインタビューで語られています。
現代サッカー理論と『ブルーロック』
この漫画では日本サッカーにはストライカーが足りないと指摘されています。
実際に日本代表の試合を見て、パス回しばかりでなかなか前線に上がれない試合展開にやきもきする人は多いのではないかと思います。
2026年W杯では日本は決勝トーナメントでブラジルに負けましたが、僕自身ブラジルの攻撃力を見ていて実力差を痛感していました。
では、現代サッカー理論において日本のようなプレイスタイルは優勝できないのでしょうか。
これは実はそうではないようなのです。
2026年のワールドカップはスペインが優勝しましたが、スペインはボールを保持し、幅を使いながら、相手の守備に隙間が開くまで辛抱強く組み立てるチームだとFIFAも分析しています。
つまり、スペインもパス中心のチームなのですが、基本的な戦術はこうなんです。
「パスを回す」
↓
「相手を動かす」
↓
「1対1や背後のスペースを作る」
↓
「そこでは個人が一気に仕掛ける」
つまり、パスは目的ではなく、組織的に相手を崩して個人の能力が最大限発揮される状況を作る手段なのです。
こう考えていくと、組織と個人は対立していません。高度な組織によって、個人が一番いい状況で勝負できるようにする。組織によって個人を解放する、というのが現代サッカーということです。
この点に関して、FIFAは大会前の日本について、後方から丁寧にボールを動かす一方、それだけでは相手を動かせず、攻撃が停滞する場面があると分析していました。
だから、世界で勝つためには最後の局面を一人で変えられる選手が必要だ、という『ブルーロック』の指摘は、一面では当たっています。ただ、それはチームワークや組織を無価値化するものではなく、その意味では当たっていないとも考えられるのです。
エゴの正体と真のチームワークとは何か
そして、元日本代表のフォワードである大久保嘉人さんは『ブルーロック』に関する対談で、フォワードのエゴは単なる自己中心性ではなく「俺にボールをよこせ、と要求できること」と語っています。
これは面白いですね。『ONE OUTS』という頭脳戦野球漫画でも「チームワークとは、みんなで力を合わせて大きな力を出すことではない。チーム全員が、俺がこのチームを勝たせるという思いで勝負をする。他人任せにせず、自分が決める。その状態こそが本当のチームワークなのではないか」という趣旨のことが書かれています。
『ブルーロック』のエゴも、これに近いものと解釈できます。エゴと言うのは結局他人任せにせず、むしろそれぞれが自分が決めて互いに任せられるようになるような状態のことであって、チームワークの内側にある条件ということです。
作品が描いてきたエゴの中身とその変化
『ブルーロック』は本当に言語化が上手くて、人生や哲学に関する考え方を「エゴ」という共通項を媒介にしてサッカーに当てはめているんですよね。
それがサッカー漫画としても面白いだけでなく、サッカーをよく知らない人もその考え方自体は理解できるから皆に刺さる構造になっています。
例えば、この漫画は、一度ゴールを決めたからといって、それをすごいこととして描くのではなく、なぜそのゴールを決められたのかを分析して見せます。どういう位置取りがあり、どの能力を使ったのかを、人生哲学やエゴという考え方をもとに解きほぐしていくのです。
人生哲学の抽象的な考え方がゴールというはっきりした結果に結びついてるからこそ分かりやすい。これは非常に面白い舞台になっていると思います。
序盤は自分の「エゴ」が何なのか、どうすればそれを出せるのか、ということが中心に描かれています。
そして、他のライバル達との対決を踏まえて、その人を観察して、分析して、その分析をもとに自分が進化するための材料にするという成長がある。
他人の才能をけなさず、自分の価値も下げず、自分を変える材料にする。自分勝手に好き勝手になるという「エゴ」ではないのです
その後、それが個人を超えたところに繋がってきます。今は味方同士や敵の人間を理解したうえで、それを取り込んで、強いチームとして強い攻撃をして勝つところが描かれるようになりました。
エゴも色んな切り口や考え方があるんですね。そしてそれはサッカーというよりも、人間の生き方にはもっといろんな幅があるんだという話に繋がっているわけです。
ブルーロックが面白い理由
『ブルーロック』が批判しているのは、日本サッカーというよりも日本社会の空気だと思います。
協調性が美徳として扱われ、空気を読んでみんなに合わせ、自分だけ目立とうとしない。
周囲に迷惑をかけないようにし、周囲からどう見られるかを気にする。
失敗しても、みんなが同じことをしたのだから仕方がない、で済まされる。
そういう場所では、「ぬるすぎる」という批判が刺さります。
だから、この作品がヒットした理由は、日本人に響く人生論が詰まっているからではないかと思います。
「これでよかったのか」と自分の人生を振り返るきっかけにもなっているのです。
サッカー論としては、確かに乱暴なところもあるかもしれません。けれども、日本社会の中でどう生きていくかという人生論として読むと印象が変わります。
結局、自分の人生は自分で決めるものです。他人任せにしてはいけません。どうすればそのような意思決定ができるのか、それを『ブルーロック』は示してくれるからこそ面白いのだと思います。
総評
『ブルーロック』の評価は以下のとおり。
★★★☆☆ 3つ星!まずまずです。
人生論を描く漫画としてとても上手な作品だと思います。週刊で読むと中だるみや展開の遅さが気になっていて、新キャラや脇役よりも糸師冴や絵心甚八といった”取っておいている”登場人物の今後の活躍が早く読みたいです!
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