旅が教えてくれたこと ― どっちの在り方でいたい?
今回の旅は、自分の内側がよく見えた時間だった。
新幹線の中で、サンドイッチを食べながら、
私はふと「あれ、いけないのかな?」と思った。

周りを見渡すと、食事をしている人はあまりいない。
静かで、整っていて、誰も目立たない空間。
炭酸ペットボトルを開ける音でさえもそーっと開けている人もいたくらい。
エレベーターでもそうだった。
乗り合わせても、誰も目を合わせない。
挨拶もないし、スマイルもない。
もちろん、それが悪いわけじゃない。
日本には、日本の心地よい距離感がある。
空気を乱さない優しさもある。
でも私は、その空間の中で、
無意識に“存在を小さくしよう”としている自分に気づいた。
目を合わせないように。
音を立てないように。
気配を消すように。
一方で、アメリカに住んでいた頃のことを思い出す。
スーパーや街中歩いていても、
知らない人が “Good Morning” と声をかけ合うこともよくある。
目が合えば、微笑んだり、「Hi」と声かけることが「挨拶」みたいなもの。

それだけなのに、気持ちがいい朝だなと感じていた。
ときには、知り合いなの?と思うくらい
その場で会話が始まることもある。
あのオープンさは、ただフレンドリーという国民性というだけでなく
「私は隠れていませんよ」
「敵意はありませんよ」
そんな小さなメッセージが、そこには含まれている。
すべてをさらけ出すということではない。
深く踏み込むこととも違う。
ただ、扉を固く閉ざしていない、という姿勢。
どちらが正しい、という話ではない。
静けさを大切にする在り方もあるし、
開いていく在り方もある。
両方を経験したからこそ、
私は考えた。
私は、どっちの在り方でいたいんだろう。
目が合ったら、微笑む人でいたい。
知らない人でも、「おはようございます」と言える人でいたい。
声を張り上げる必要はない。
無理に明るくなる必要もない。
ただ、自分の存在を、
小さくしすぎない人でありたい。

この旅は、
そんな問いを、静かに残していった。
