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「表現の便秘」になると、私は死ぬ

今から5、6年前のこと。私を取り巻く状況は、思えば色々とヤバかった。日々の主婦生活にやり甲斐を見いだせず、無性にイライラしていた。

家の中の雰囲気も暗くて(明らかに私の影響)、夫の仕事は無駄に大変そうだったし、娘は登校拒否ぎみで情緒不安定であった。

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ひょんなことから、とあるSNSで投稿を始めた。それが思いのほか楽しく、だんだんと風向きが変わりはじめた。これだよ、これこれ…私は、自分の内側にあるものを外に表現したかったんだ。

私の機嫌が良くなると、それに呼応するように家族の状態も落ち着いていった。母親の状態って、家族にものすごく影響するのだなあ。(※かといって「全て私のせいだ!」とまでは思わないが)

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つくづく思うが、私は外の世界に向かって何かしらを表現しないとダメな人間らしい。インフルエンサーになりたいわけじゃない。「自分の発信を誰かが受け取ってくれる」という状況が必須らしい。

女性ならば、似たようなタイプの人は多いのかもしれない。女性がおしゃべりなのもそういうことだと思う。表現の仕方はそれぞれなので、人によっては発信という形でなくても構わないのだろう。

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私が発信をしないとどうなるのかというと、表現の便秘になって死ぬ。死ななくても行き所のないエネルギーが周りの人(おもに家族)にぶち当たり、彼らに甚大な被害が及ぶ。(=私のイライラの矛先が、家族に全振りしてしまう。これがめちゃくちゃ良くない)

女性が幸せになれば、家族が幸せになり、世界が幸せになる。私は発信という自己表現を続けていく。自分と家族と、ひいては世界の平和のために…



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