人が筒なら、月ノ美兎は新条アカネじゃん
先日の月ノ美兎のアルバム『310Phz』のレビューはありがたいことに
いろいろな人から褒めてもらった。まあ、ほんとうに委員長の歴史を知っている人にとって宝物のようなアルバムだった。(楽曲『人ってただの筒じゃないですか』の解釈を期待された方は、上のnoteを読んでほしい)
しかし、私個人としては、オタクの意地といいますかなんというか、
このアルバムや月ノ美兎が作る「作品」(配信や雑談は除く)にずっと
もやもやしていたことがある。それを徒然と書いてみよう。
実は、月ノ美兎『310Phz』のレビューの執筆準備をしていた時に、色々な人に聞いた感想をもらっていた。
その中で、結構多く出た意見が「ほらこれがアナタの好きな月ノ美兎でしょ?」とパッケージ化されたもの(CD)をお出しされている感覚になるというものだった。そして、あんな泣きながらレビューを書いておきながら、私は若干彼らの言うことに一理あるような気がしてしまっていた。
実は、エッセイ『月ノさんのノート』にも友達Bくんに美兎さんが「月ノさんって先生にウケのいい作品、(作るのが)得意ですよね」と言われる場面があって、どうやら月ノ美兎と言う人は、「めっちゃできがよさそう」「ウェルメイド感がある」ものを繰り返し作ってしまう癖を抱えてしまっているらしい。
なぜ、こんなにも月ノ美兎の作った作品は「作り物」感がするのか。
そんなクッソ失礼なことを考えていた時に、ふと気づいた。
それが本noteで提唱するガバガバ理論、「新条アカネ=月ノ美兎」説である。
このnoteは月ノさんのノートを読まないとわからない部分が多く含まれます。ご容赦ください。
新条アカネとは
新条アカネは『SSSS GRIDMAN』に登場するヒロインの一人であり、
ラスボスである。
彼女は、物語の序盤、「才色兼備の最強女子」とか「クラス全員に好かれるという奇跡みたいな存在」と友人の内海に評されるが、「武士は食わねど高笑い」とか何故か腑抜けた言い間違いをずっと繰り返してしまう面を持つ。
そんな彼女は、実は作中で登場する怪獣たちを作っていた物語の黒幕だった。新条アカネが日常のストレスを感じて作った怪獣たちを現実化させ、
実際に人を殺していた。この世界で彼女は人を人と思っていなかった。
まるでおもちゃでも扱うように、ターゲットになった人を殺すためなら、怪獣に街を破壊させることも厭わなかった。
しかし、物語が終盤に差し掛かるにつれ、彼女がなぜここまである種冷酷に
人を殺せてしまうのかが分かる。それは、この世界は新条アカネによって造られたものであり、この世界に生まれた六花や裕太、内海といった人物はみんな「新条アカネという人物を好きになる」ようにプログラムされていた。
そして、新条アカネは自分で作ったバーチャルゲームに、自分のアバターで(!)参加して、退屈を紛らわしていたのだという。VRchatやないかい。
そして、新条アカネはもちろん神様ではないので、彼女の作った世界にもぼろがでていた。そもそも怪獣を作って嫌な奴を退治しないといけない時点でうまくいってないが、さらには六花や裕太、内海といった仲間たちにもある場面で拒絶されてしまう。
彼女は、強がりで才色兼備を装っていたが、隣の友達に「一緒に遊びたい」とも言えない、ちょっとだけ本音を隠してしまう女の子だった。
彼女は、自分のいう事を聞く人だけの世界を作ろうとした。
でも、そこには退屈しかなかった。その上、作ったはずの虚構の人物たちは
勝手に生命を持って動き始めた。
もう一度、月ノ美兎
月ノ美兎様ソロライブ『Paper Rabbit』キービジュアルも関わらせていただきました🙇♀️よろしくお願いします pic.twitter.com/7Yr1aVuwor
— 幾田 (@ikuta41) December 3, 2024
さて、今回のアルバムでうっかり「人を筒呼ばわり」してしまった
月ノ美兎。そして、今回のアルバムのジャケットを見ると、彼女が
「自分だけの創作世界」を作っている様子が伝わってくる。
実は、月ノさんのエッセイや、言及していいのかわからない動画群(ごめんなさい、何かは察してください)でも、高い確率で「上から見守る」ような目線で月ノ美兎自身を描くのが不思議だった。
今回の『Paper Rabbit』のライブの幾田さんの絵も、上からすべてを知ったような顔をしている月ノ美兎だ。このライブも何もかも、私が作りましたと言わんばかりだ。しかも、ライブをこう作るということは「月ノ美兎がみんなを大好きなのは、私がそうデザインしました」という顔にすら見えてくる。
『月ノさんのノート』の終わり方も、「あとがき」で、突然「せや!このノートを落としといたろ!」とうまいこといった感じでぶち切りで終わってしまう。
よくよく考えると、ふりーむのゲームだって、結構無理やりなオチがついている。しかも、このゲーム、ノリノリでファンがXにタイプ診断結果を投稿することで、ファンのプロファイリングができる(地味にこわっ!)。
月ノ美兎の作品は、よくも悪くも「月ノ美兎」の世界である。新条アカネが
世界すべてを作って、自分を主人公にしたように、月ノ美兎の意図でずばっとカッコよく最後が決められている。
私は、この最後の終わり方が、月ノ美兎の作品がよく言えば『よくできている』と感じさせる理由だし、悪く言えば『作り物』みたいな感触を与えていると思う。唐突に終わることで、視聴者に解釈の余地や余韻を与えきれていないのと思われるのだ。
秘密
なにかわかりにくいことを書いてしまったが、わかりやすい話をしよう。
自分には少し隠していた秘密(妄想)がある。
月ノ美兎の初期の作品とかを見ていた時に思っていたことだ。
それはこの子は本当はマンガか映画をやりたいけれども、それが叶わずにVtuberになったんじゃないかという予想だ。映像研究部や映像に関する語り口が異常なくらい生き生きしているのもそうだし、何より作っている作品から、この子が北野武作品とかいろんな映画で、一家くらい人生を変えられてしまうくらいの衝撃を喰らっているんじゃないかと感じざるを得なかった。
新条アカネが怪獣と特撮映画にずっと固執していたように、彼女の作っていた作品のカット割りは何かのこだわりをしめしていた。
そこで、私は、この人にどうしても映画を作ってほしい気持ちになった。
夢と希望を与えるバーチャル世界とにじさんじの真ん中にいて、
その真ん中にいる人が夢を捨てて自己犠牲していたなんて、
すごく面白くて、すごくおもしろくないからだ。
月ノ美兎は、『月ノさんのノート』『310Phz』で繰り返し「私には秘密がある」と言っていた。ただ、本気で完全犯罪みたいに秘密を隠したいなら、
「私には秘密がある」の一言もいらない。
そこでふと気づいた。
監督とは、「人を集めて」「上から見て全体像を把握して」「よいところに割り当てて」「いい感じのカット割りで」「映像作品を作る」人だ。
そう考えれば、何のことはない。
今の月ノ美兎ほど、監督みたいなことをやっている人はいないじゃないか。
キャストをそろえて、良い位置に配置して、演出して上からわかっている顔してどや顔するなんて、監督やないかい!
ここから2つの文章で、私は悪役みたいなことを書く予定なので今後私が
どうなってしまうかは分からない。だから私のnoteに書いてあったこと
なんて気にしなくてよい。
でも私は、どうしても月ノ美兎の映画が見てみたくてたまらなくなった。
だから、とびっきりの悪意を込めて、こういってみよう。
キャストはもう7年かけて集めたはずだろ?
じゃあ、次の作品をお待ちしていますね。
月ノ美兎『監督』。
