戦術・戦略 石原莞爾と山本五十六
戦術・戦略 石原莞爾と山本五十六
文藝春秋スペシャル2017秋から、「戦略比較 山本五十六は石原莞爾に勝てなかった」の要約。
著者は戦略・安全保障研究家、星野了俊氏。
日本が対米戦争に勝ち目がないことは自明だったが、戦争に突入した。
戦略とは目的、手段、計画、プロセスのいずれか、または全部。
あるいはルトワックは、技術、戦術、作戦、戦域戦略、大戦略という「垂直的」側面と外交、プロパガンダ、経済力、情報などの非軍事的要素からなる「水平的」側面があり、これら二つの要素の相互作用の調和ないし統合を図ることの重要性を説いている。そして、ルトワックは、戦略の全領域において逆説的論理に満ちているということを、戦略論の核心としている。
技術、戦術、作戦、戦域戦略での摩擦は戦局を大きく左右するが、大戦略の奏功により相殺される。技術、戦術、作戦、戦域戦略の各レベルは、常に大局的な大戦略に照合し、適宜見直されるべき付随的なものである。
しかし、軍国日本は戦略が曖昧で、戦術、作戦に没入する傾向にあった。
日本は帝国国策遂行要領で対米開戦を決めてはいたが、「12月1日午前0時までに日米交渉が成立した場合は武力発動を中止する」と留保がついていた。そして12月1日の御前会議で対米英蘭開戦を正式決定した。
それより前、1940年8月には海軍は平時から戦時への切り替えを済ませていた。そして1941年7月に南部仏印に進駐し、これに対してアメリカが強硬な経済制裁を発動した。
アメリカによる対日全面禁輸と独ソ戦開戦、そしてノモンハンの悪夢が南進論に拍車をかけた。
駐米大使館付武官の経験でアメリカの国力を知っていた山本五十六は三国同盟締結に反対していた。しかし対米開戦が不可避となると、奇襲しかないという考えから、真珠湾攻撃が計画された。これは作戦、戦術レベルでは妥当だったが、対米開戦自体が状況主義的・機会主義的政治判断であり、非戦略的な選択だった。
三次に渡る近衛声明、「基本国策要綱」、「帝国国策要綱」等をもって戦前日本を戦略的と見ることもできそうであるが、例えば「帝国国策要綱」は南進、北進の両論を併記しており、大戦略の体をなしていない。
一方、陸軍中将・石原莞爾は大戦略を持っていた。それは対米最終決戦の前に日満支が一体となって勝利に備えるというものだった。そして日中戦争が勃発すると、近衛と蒋介石の頂上会談での決着を画策し石原は近衛への同行を計画したが、近衛はこれに踏み切れなかった。
石原にとって日米戦争は、開戦が想定外に早かった。石原は戦後、「サイパンさえ守れれば米軍の侵入は防げた。蒋介石が態度を明らかにしたのはサイパン陥落後だった。サイパンさえ守れたら、東亜の内乱を政治的に解決し、中国に心から謝罪して支那事変を解決し、次に民族の統合力を利用して東亜一丸となることができたであろう」と通信社の記者に語っている。
石原の戦争不可避・最終決戦構想は決定的に誤っていたが、石原の大局的かつ長期的スケールでの戦略の構築とそれに基づく行動の指針の策定から学ぶことは少なくない。
一方、対米戦での勝利がないことを知りつつ真珠湾奇襲作戦を策定・実施した山本五十六は一組織人としてあるべき姿を体現している。しかし、やはり戦略の不備は作戦・戦術で補うことはできない。
これらを踏まえ、現代日本人に求められることは、本質的な国益を見据えた確固たる戦略の下、平和国家としての繁栄を真摯に追求していくことと言える。
ざっくり要約
戦術が正しいものでも戦略が誤っていたり曖昧であると、成功には結びつかない。
日本は戦略がないため太平洋戦争に突入し、各戦術では成功を収めても意味がなかった。
感想・考察
著者は刺激性を求めて、敢えて「戦略の石原、戦術の山本」と記載しているが、対米開戦というレベルになると、この戦略の主体は軍人ではなく政治であるべきで、その時点で当時の日本は大戦略の入り口が間違えている。
また、戦略もあればいいというものではない。石原莞爾の大東亜構想は果たして石原の戦略のままでいけばうまくいったのか。気が遠くなるほどの長期に渡り中華思想で東洋文明を牽引してきた中国が、本心で日本の指導下に入ることがあるとは思えない。
ヒトラーは『我が闘争』において明確な大戦略を示しており、英米の動きは独の動きへの反応であるため、そういう意味ではドイツは戦略的で英米が状況主義的となるが、ナチスドイツはその大戦略の根本的誤りのため、崩壊している。
また、例えばビスマルクの外交は、戦略としては理解できるが、根本的解決は示しておらず、そういう意味では無茶苦茶であってもヴィルヘルム2世の世界戦略の方が戦略的に見えるという矛盾がある。
そして徳川家康は、戦争のない国を作るという大戦略に向けて、戦争好きと思われるくらい時に多くの戦争を起こし、戦略・作戦を地道に実行した。このことは、この文の冒頭で著者が紹介しているルトワック「戦略の全領域において逆説的論理に満ちているということを、戦略論の核心としている」という指摘の歴史的証左である。
これらのことから、大戦略は、あるだけでなく、その妥当性が問われることも重視する必要があるとあらためて感じた。
では、現代の日本において、妥当性のある大戦略とは何か。目指すべき地点はどこで、そのための課題は何か。
例えば、
目標 国民の幸福。
大戦略 諸外国との友好的関係と、それによる経済的安定。
作戦 日本の歴史を踏まえた提言や、各種国際貢献による地位の向上。
戦術・戦略 国際会議への積極的関与や、発展途上国への技術支援。
例えば、
目標 国民の幸福。
大戦略 世界征服。
作戦 軍備増強。
戦術・戦略 軍国教育。
どうとでもできてしまう。だから政党が沢山あるのだろう。そして、現代日本において、各政党は戦術は話すが、大戦略を話さない。話しても、抽象的か非現実的。特に昨今この戦術論を戦略論のように議論している場面が目立つ。
著者は本文で「軍国日本は戦略が曖昧で、戦術、作戦に没入する傾向にあった」と書いている。これは軍国日本の特徴なのか。あるいは歴史を通した日本の特徴なのか。
歴史を一望すると、古代日本には律令国家の建設という大戦略があるように思える。中世、近世は徳川家康を除き戦術が目立ち、明治維新では大戦略が大きな力を持ったが、その後また戦術に没頭したという感がある。
大戦略には、充分な検討を経た上での決断が不可欠。本文において
「例えば“帝国国策要綱”は南進、北進の両論を併記しており、大戦略の体をなしていない」
とある。しかし、両論併記はいつでも非常に陥りやすい罠である。どちらか一方に決める時には、強力な説得力が必要で、通常それを持つことができない。特にインターネットの発達した現代において、他の可能性を切り捨てて、ある一つの方向へ国民全体を導くようなことが可能なのだろうか。
とはいえ、世界中で、現在のSNS社会がナショナリズムへの収束を見せていることは、興味深い事実でもある。やはり、戦略は逆説に満ちている。
それに加えて、大戦略は個人で持っていても意味がないということがある。山本五十六が仮に大戦略を持っていたとして、陸軍中央で戦闘体制を着々と整える一夕会を山本五十六が独自の大戦略で説得できるはずがない。
なかなか難しい。
