かわいい構造式選手権──ルッキズムではなく、多様性の肯定へ
私には夢がある。
それは、「かわいい構造式選手権」を開催することだ。
ずっと胸の奥でひそかに温めてきた、ちょっと変わった夢だ。
中学校の授業で初めて「構造式」というものを目にしたときから、そのかわいらしさに心をつかまれていた。キュッとコンパクトにまとまった子、のびのびとストレッチしている子、生け花のようなアシンメトリーが美しい子──どの子にもそれぞれ魅力がある。
ベンゼン環の「二重結合」を知ったときの感動は今でも覚えている。合理的で、無駄がなくて、そして美しい。実験室の黒板に描かれたベンゼン環の構造式は、ルーブル美術館に所蔵されている絵画と遜色のない芸術作品だと思った。
化学の世界にあふれる構造式をキャラクターのように愛でているうちに、私はいつの間にか「かわいい構造式選手権」を妄想するようになった。丸いかわいさ部門、トゲトゲかわいさ部門、カオスかわいさ部門──。きっと楽しいだろうな、と。
しかし、企画を本気で考え始めたとき、ふと立ち止まってしまった。
見た目で評価するって、ルッキズムじゃない?
その問いは、思った以上に重かった。人間社会では「かわいい/かわいくない」という言葉が、時に人を傷つける。見た目の評価は、差別や偏見につながることもある。構造式を「かわいい」と言って遊ぶことは、どこか「人間の見た目を評価する構造」をなぞっているのではないか──そんな不安が胸に広がった。
けれど、私はそこで気づいた。私が感じている「かわいさ」は、誰かを序列化するための評価ではない。雲の形に動物を見つけたり、落ち葉の模様に顔を見つけたりする、あの人間の自然な「遊び心」なのだと。
人間の顔だってそうだ。丸い頬のかわいさもあれば、鋭い目つきのかっこよさもある。動物だってそう。ハムスターの丸っこさも、パンダのおっとりした姿も、「流しそうめん」ならぬ「流しカワウソ」の愛らしさも、それぞれ違う種類のかわいさだ。
構造式の世界は、多様性で成り立っている。直鎖状、環状、芳香族、複雑な天然物──その多様性が化学の豊かさを支えている。そして人間社会もまた、多様性で成り立っている。
「かわいい構造式選手権」は、見た目の優劣をつけるための企画ではない。むしろ、見た目の違いを楽しむことそのものが、多様性の肯定につながるのだと思う。その視点は、誰かを傷つけるものではなく、世界の形をそっと愛でるための、やわらかなまなざしだ。そして、その違いがさりげなく並んでいる世界は、少し風通しがよくて、少しだけやさしい。
構造式はみんなかわいい。
でも、かわいさの種類が違うだけ。
その違いこそが、世界をちょっと面白くしてくれている。
だから分類して遊ぶ。
その遊び心は、化学の世界にも、人間の世界にも、そっとやさしい風を送り込んでくれることだろう。
いつか、本当に「かわいい構造式選手権」を開催できたら嬉しい。そのときは、きっと構造式たちは、思い思いのかわいさを胸に、のびのびと並んでくれることだろう。その光景を想像するだけで、思わず笑みがこぼれてしまった。
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