壁ではなく橋を──幼い日の恐怖と、多様な平和学習のあり方
※お知らせ
このエッセイの第1章~第4章には、第二次世界大戦のドキュメンタリー番組の描写や、私自身の幼少期の体験が含まれています。
読者の方の心の状態によっては負担になる可能性があります。
ご不安がある場合は、ご自身の心を守ることを優先してください。
本エッセイ内でも書いている通り、私は「日常を守ることも、広い意味での平和への貢献である」と考えています。
そのため、このエッセイでは、必要に応じて読み飛ばせるように構成しています。
戦争やトラウマの描写を避けたい場合は、「目次」の「第5章」をクリックし、お読みください。
第1章 3歳の私と、戦争ドキュメンタリーの衝撃
私が初めて「戦争」というものに触れたのは、3歳のころだった。
それは、第二次世界大戦のドキュメンタリー番組だったと思う。
白黒映像、重苦しいナレーション、爆発音、軍靴の響き、不気味で熱狂的な歓声、怯える人々、そして聞き慣れないドイツ語の鋭い声。
言葉の意味は分からなかった。それでも、映像の空気感だけは、容赦なく幼い心に流れ込んできた。その空気は、私にとって「恐怖」そのものだった。
私はただ、テレビを見ていただけだ。
きっと、誰も悪くない。
ただ、幼い心には強すぎる刺激だった。
第2章 安心安全が揺らぐ環境で育つということ
今になって思う。
あの恐怖は、番組の内容だけが原因ではなかった。
私は当時、日常生活の中で「安心安全が十分に確保されている」とは言い難い環境にいた。人は不安定な環境にいると、外からの刺激を「情報」ではなく「脅威」として受け取ってしまう。
きっと、同じ番組を同じ年齢で見ても、感じ方や受け取り方は人によってまったく違うだろう。これは子どもに限らず、大人でも同じだ。
私が強烈に怖さを感じたのは、幼いころの環境と感受性がその映像と重なり、それを「危険」として受け取っただけ。それは弱さではなく、自然な反応だったのだろう。
第3章 大人になっても残る「恐怖の記憶」
クラシック音楽を学ぶためには、ドイツ語やイタリア語などの語学の知識が必要だ。私も御多分に漏れず、何度もドイツ語の勉強に挑戦した。だが、ドイツ語を耳にするたびに、あのときの恐怖がよみがえる。
ドイツ語が悪いわけではない。
そんなことは子どもでも分かっていた。
それでも、身体が拒否する。
これは理屈ではなく、身体に刻まれた「記憶」の問題なのだろう。心理学では、幼少期の強烈な体験は「身体化された記憶」として残ることがあると言われている。
成人してからも何度もドイツ語の学習に挑戦してみたものの、幼いころの強烈な印象は、大人になってもなかなか消えなかった。他の言語の勉強は比較的楽しく取り組めたにもかかわらず、ドイツ語だけは一歩も前へ進めなかった。
第4章 「負の歴史を学ぶべき」という空気の息苦しさ
「負の歴史を学ぶことは大切だ」。
この言葉は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。
そして多くの場合、それは「正しいこと」として語られる。
だが私は、その「正しさ」に息苦しさを覚えるようになった。
中学校の歴史の授業で第二次世界大戦のドキュメンタリー番組を見たときの衝撃は、きっと一生忘れることができないだろう。特に心をかき乱された場面は、戦後のフランスの映像だった。教科担任の先生からクラス全体へ何のフォローもなかったこともあり、私は授業後に放心状態になってしまったし、しばらく悪夢にうなされる羽目になった。「もう、戦争のドキュメンタリーは受けつけられない」と思ってしまったほどだ。
大人になってから観た『シンドラーのリスト』は、観てよかったと思う。それでも、胸の奥に重い石を抱えたような感覚がしばらく続き、日常生活に影響が出るほどだった。たった一度観ただけに過ぎないのに、いくつもの場面が脳裏に焼き付いている。
『夜と霧』も『戦場のピアニスト』も、私はまだ触れられていない。怖いからだ。触れる勇気がないからだ。今年も第二次世界大戦を題材とした映画が数多く公開されると知り、「いい加減、観た方がいいかな……」と思って公式サイトを見たが、今年も映画館へ足を運ぶ勇気は出なかった。
毎年夏になるとテレビを見るのが辛くなる。7月末からお盆明けまでは、ニュース番組そのものから距離を置くようになった。これは「心の健康を守るための自己防衛」だ。しかし、「戦争について考えるべきだ」という季節の空気が、息苦しく感じる。その結果、必要以上に負の歴史と向き合うことから距離を置かざるを得ない状況になってしまっているように感じてならない。
負の歴史は、ただでさえ重い。そこに「義務感」や「罪悪感」が重なると、心が追い詰められる。そして、強制された学びは、心を閉ざす。
だからこそ思う。
戦争や平和についての向き合い方は、人の数だけあっていい。
第5章 平和学習が「壁」をつくる危険性
ところが現実には、「平和学習は、こう学ぶべき」という空気が存在する。
この映画は観るべき。
この本は読むべき。
この資料館には行くべき。
こうした「正しい学び方」が固定化されると、必ずと言っていいほど「従える人」と「従えない人」が生まれてしまう。そしてその瞬間、平和を学ぶはずの場が、分断を生む場に変わってしまう。分断は戦争の温床になる。強制は暴力になり得る。そして、皮肉なことに、平和を学ぶはずの行為が、平和から遠ざかる結果を生むかもしれない。
戦争映画を観られない人は、平和について真剣に考えていないのだろうか。資料館に行かないと、歴史を学んだことにならないのだろうか。語り部の話を聞くことが「最も正しい学び方」なのだろうか。きっと、そんなことないはずだ。
第6章 平和とは、多様性を尊重すること
平和とは、ひとつの正解に人を押し込めることではない。価値観も、生き方も、感じ方も、そして「学び方」も多様であるべきだ。
たとえば、「日常を守る」ということも、広い意味での「平和への貢献」だと思う。「平和な世の中であり続ける努力をする」ということにもつながるから、これはこれで「平和な世界」に貢献していると言えるだろう。
心が壊れてしまえば、誰かを思いやる余裕もなくなる。社会の一員として行動する力も弱まる。未来に向けて何かを選び取る判断力も落ちる。平和は「心の余裕」から生まれるからこそ、必要以上に自分を追い詰めずに「自分の日常を守る」ことは、平和な世界の実現へ貢献していると思うのだ。
平和は、特別な行為の中だけにあるのではない。誰かを思いやる余裕を保つこと、日々の生活を丁寧に過ごすこと、そのささやかな積み重ねが、静かで確かな「平和への貢献」なのだ。
誰かにとっては、映画が橋になるかもしれない。
別の誰かにとっては、本が橋になるかもしれない。
あるいは、日常を大切に生きることそのものが、平和への橋になる人もいる。
どれも間違いではない。
どれも尊重されるべきだ。
第7章 壁ではなく、橋を
私は思う。
平和について学ぶからこそ、壁ではなく橋を築くべきだ。
橋とは、相手の感じ方を尊重すること。「あなたはこう感じるんだね」と受け止めること。「あなたはその方法で向き合うのが難しいんだね」と理解すること。そして、「それでもあなたは、平和を願っているんだね」と相手を信じ、相手のために祈り続けること。
無理をして架けた橋は、すぐに崩れてしまうだろう。
けれども、自分のペースで架けた橋は、きっと長く残り続ける。
平和とは、もっと静かで、もっと個人的で、もっと多様なものだ。
そしてその多様性こそが、平和の本質なのだと思う。
負の歴史を学ぶ目的は、「苦しむこと」ではなく、「理解し、未来に活かすこと」。そのために必要な手段は、人によって違うはずだ。
そして、「多様な平和の学び方」が尊重される、そんな世の中になれば、平和な世界へ一歩近づけるのかもしれない。
多様な平和の学び方が尊重される社会は、きっと、静かで強い橋がいくつも架かる世界だ。
その橋が増えるほど、私たちは平和へと近づいていくのだろう。
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