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オーディオの「コスパ」ってなんだろう——「自分にとって」を知る


はじめに

「このヘッドホン、コスパがいいですよ」

よく出てくる言葉である。

実際、便利な言葉だと思う。同じくらいの価格ならどちらが良いのか、あるいは、同じくらいの性能ならどちらが安いのか。「コスパ」という物差しを置くことで、複雑な製品比較を簡単にできる。

ただ、どうもこの言葉は便利すぎるのではないかと思うようにもなった。

そもそも「何に対して、何のコストパフォーマンスが良いのか」が、かなり曖昧だからである。


「コスパが良い」は、何を何で割っているのか

例えば、「このヘッドホンは3万円なのに、10万円クラスの音がする」という評価があったとする。

これは一見分かりやすい。「音質 ÷ 価格」が高い、という話だろう。

では、その「音質」とは何だろうか。

  • 周波数特性なのか。

  • 歪率なのか。

  • 解像感なのか。

  • 音場なのか。

  • 低音の量なのか。

  • 特定の音楽ジャンルとの相性なのか。

ここで既に、評価関数が一つではなくなる。さらに、「音が良い」と「自分が好きな音」は一致しない。

私自身、コスパがよいと評判のMeze Audio 99 ClassicsやTAGO STUDIO T3-01を買ってあまり満足しなかった経験からも、このあたりは実感がある。

Meze 99 は低音の豊かさが自分の求める解像感とは違った、T3-01 はナチュラルさが強すぎて逆に音楽に引き込まれる感じが希薄に感じられたのかもしれない。

「コスパが良い」という評価を見て買ってみて、「確かに悪くはない」とは思っても、「これは自分の好きな音だ」とは限らない。むしろ両者は、別の評価軸だと思ったほうがいい。


「コスパ最高」と「好みに合う」は別の話

これはヘッドホンに限らない話だろう。

「コスパが良い」は、この価格で、これだけの価値が得られるという評価である。

一方、「好みに合う」は、私は、この価値を欲しいと思うという評価である。

全然違う。

例えば、あるヘッドホンが非常に優れた測定性能を持っていたとしても、その音が自分の好みから外れていれば、満足度は高くならない。
逆に、世間的には「価格に対して性能が微妙」と言われるヘッドホンでも、その音がものすごく好きなら、自分にとっては価値が高い。

「高コスパ・低適合」と「低コスパ・高適合」は普通に成立する。だから、コスパが良いヘッドホン=自分にとって良いヘッドホンではない。コスパは「好きになれるか」を保証してくれない。

せいぜい、「この価格なら、買って大外れではなさそう」という判断を多少助けてくれるものなのだと思う。


Harmanターゲットを基準にしても同じ

ここで「では測定性能を基準にすればいい」と考えることもできる。確かに、これはかなり有用である。例えばHarmanターゲット(統計的に好まれる可能性が高い周波数特性)のような基準を座標として持っておけば、ヘッドホン同士の音の傾向を比較しやすくなる。

ただし、Harmanに近い=絶対に良いではない。

Harmanに近いことを価値とするなら、「Harmanへの近さ ÷ 価格」というコスパを計算できる。しかし、それはあくまで「Harmanへの近さ」を価値とした場合のコスパである。そこから外れた音を好きな人にとっては、別の評価関数になる。

測定は便利である。Harmanも便利である。でも、それを「正解」にした瞬間、コスパの分子そのものを固定してしまう。


売れているものを買うのも、一種のコスパ

「売れているヘッドホンランキング」を見て、その上位から買う。これも、よく考えると合理的な行動である。ただし、「売れているから音が一番良い」という意味ではない。

むしろ、多数派に支持されているという情報を利用して、探索コストを下げていると考えたほうがいい。

自分で100機種調べる代わりに、売れ筋ランキングを見る。すると、「とりあえずこの10機種を調べればいいか」となる。

つまり、多数派支持というヒューリスティック ÷ 探索コストという、別のコスパだ。

これはかなり重要な違いである。ランキングは、必ずしも「最良の製品」を教えているわけではない。「自分で調べる手間を減らしてくれる」という価値を提供しているとも考えられる。

ランキング記事が科学的に完璧ではなくても、買い物支援として役に立つことはある。逆に、ランキングだけを見て買うことでは、自分の好みとの適合までは保証されない。


「大手だから買う」も評価関数最適化

例えば、無名メーカーの安価なヘッドホンと、大手メーカーの少し高いヘッドホンがある。

測定性能だけを見れば、前者のほうが優れているかもしれない。それでも後者を選ぶ人はいる。これを単純に「ブランドに騙されている」と片付けるのも、少し雑だ。

大手メーカーを選ぶことで、以下のようなものを買っている可能性がある。

  • 品質管理への期待

  • 保証やサポート

  • 修理可能性

  • 販売店の多さ

  • 長期的な部品供給

  • 過去の製品実績

  • 情報の多さ

これは、回避されたリスク ÷ 予防にかけたコストという別の評価関数最適化として考えられる。

もちろん「大手だから絶対安心」でもない。重要なのは、製品そのものの性能だけではなく、「よく分からないものを買うことによる不確実性」を減らすことにも価値がある、ということである。


ブランド信仰も、別の関数なら合理的になる

さらに厄介なのがブランドである。

「そのブランドだから買う」という行為は、オーディオではしばしば「ブランド信仰」として語られる。もちろん、ブランド名だけで中身を評価するのは危険である。しかし、「ブランドなんてただの名前だから無価値」とするのも、逆方向の単純化だろう。

ブランドには、以下が含まれている。

  • 歴史

  • 設計思想

  • 製品開発の蓄積

  • ブランドが持つ世界観

  • 所有体験

  • 信頼

  • 音への期待

それを本人が価値だと思うなら、その価値には価格を支払う理由がある。

例えば、愛着や物語性 ÷ 価格というコスパを考えることだってできる。

「ゼンハイザーだからHD800が欲しい」という人に、「もっと安く似た周波数特性の製品がありますよ」と言っても、問題が解決しないことがある。その人が買いたいのは、周波数特性だけではないからである。


リセールもコスパではある。ただし別物

「売却時の価格まで考えれば、高級ヘッドホンも意外とコスパがいい」という考え方もある。

これはこれで合理的である。例えば、20万円で買って15万円で売れるものと、5万円で買って1万円でしか売れないものなら、実質的なリセール比率は前者のほうが小さい。

ただ、ここでも「コスパの良いヘッドホン」という一言で括ると、何を最適化しているのか分からなくなる。

これは、得られた効用 ÷ 実質的な所有コストという、資産価値を含めたコスパである。腕時計趣味などでは、この考え方がかなり強くなる。

しかし、個人的には「売れるから良いもの」という方向へ趣味が引っ張られるのは、少し寂しい気もする。売却価値を考慮すること自体は合理的である。でも、それを趣味の中心に据える必要もない。

ここでも、自分が何を最適化しているのかが重要になる。


高いものがコスパの悪いものとは限らない

逆に、「コスパ」という言葉からは、「高い=コスパが悪い」という発想も生まれやすい。しかし、これも必ずしもそうではない。

例えば20万円のヘッドホンを10年間使い続けて、毎日のように満足しているなら、1日あたりのコストはかなり小さくなる。

しかも、「これ以外では得られない音がある」「この設計思想が好き」「所有していること自体が楽しい」という価値まで含めれば、単純な性能比較では測れない効用がある。

もちろん、だから高級機のほうがコスパが良い、という話でもない。5000円のヘッドホンを10年間使い続けて満足しているなら、それも非常に高いコスパだろう。

結局のところ、高いか安いかではなく、何を得るためにいくら払ったのかという話になる。


「コスパ」は一つのラベルではない

ここまで考えると、「コスパ」という言葉を一つのラベルとして扱うこと自体に無理があるように思えてくる。

例えば、これらは全部コスパ的な評価関数最適化と呼べる。

  • 「音響性能 ÷ 価格」

  • 「好みへの適合度 ÷ 価格」

  • 「探索時間の削減 ÷ 調査コスト」

  • 「回避されたリスク ÷ 予防コスト」

  • 「愛着・物語性 ÷ 価格」

  • 「唯一無二の体験 ÷ 価格」

  •  「使用期間・使用頻度 ÷ 購入価格」

  • 「リセール価値 ÷ 実質負担」

しかし、同じものではない。そして、それぞれの分子を何にするか決めた時点で、すでに価値観が入り込んでいる。


コスパランキングは、評価関数を固定している

そう考えると、「コスパ最強ヘッドホン10選」というタイトルも、少し違って見えてくる。

それは本当に「最強」なのではなく、特定の評価関数を設定した場合に、その関数の値が高い製品ランキングなのではないだろうか。

  • 「測定性能 ÷ 価格」なら測定性能重視のランキングである。

  • 「Harmanへの近さ ÷ 価格」ならHarman重視のランキングである。

  • 「売れ行き ÷ 探索コスト」なら多数派ヒューリスティック重視である。

  • 「実質負担 ÷ 得られる満足」ならリセールまで含めたランキングである。

どれも間違いではない。ただし、答えている質問が違う。そして、前提は見えないことも多い。


「コスパが良い」と「好き」は、やっぱり違う

OLLO Audio S4Rは、私にはかなり「顕微鏡的」に聴こえるヘッドホンだ。

音楽を日常的にリラックスして聴くためのヘッドホンとして考えれば、もっと聴きやすいものはいくらでもあるだろう。

Focal Elegiaも、密閉型らしい低域の響きと、かなり派手な高域との組み合わせを「バランスが良くない」と感じる人はいると思う。

そして、どちらも決して安いヘッドホンではない。それでも私は好きだ。

世間的な「価格に対する性能」という意味では、もっと評価の高い製品はあるだろう。しかし、自分がその音を面白いと思い、何度も聴きたくなり、所有していることにも満足しているなら、自分にとって得られている効用は小さくない。

つまり、万人にとってのコスパ自分にとっての効能は別物だ。

趣味の道具では、「万人にとっての評価が高いもの」を探すより、「他人から見れば癖があるのに、自分には妙に刺さるもの」を探したほうが面白いのかもしれない。

「コスパ最高だから買った」のではなく、「コスパが最高とは思わない。でも、これが好きだから買った」という買い物もありなのではないか。

そして、それを無理に「コスパが良かった」という言葉に翻訳する必要もないのだと思う。


おわりに——結局、「自分にとって」とは何なのか

私自身は、「コスパの良いヘッドホン」を考えるとき、むしろ「自分は何を価値としているのか」を考えないと意味がないのではないかと思っている。

測定性能が重要なら、それを分子にすればいい。Harmanへの近さが重要なら、それを分子にすればいい。
安定した品質や保証が重要なら、それも価値に含めればいい。
ブランドの歴史や設計思想が好きなら、それも価値にしていい。
「この音が好き」というだけでもいい。
「持っていて楽しい」でもいい。
「他のヘッドホンを探さなくて済む」でもいい。

趣味なのだから、その価値関数を他人に決めてもらう必要もない。

むしろ、「コスパが良い」と言われたものを買う前に、自分は何のコストを節約したいのか、何の価値を最大化したいのかを考える。 そのほうが、自分にとっての「良い買い物」には近づける気がする。

「コスパ最高」は、必ずしも「自分にとって最高」ではない。

私の過去に買ったヘッドホンに対する感覚も、結局そこに落ち着く。「コスパが悪い」とまでは思わない。むしろ「この価格なら悪くない」。でも、それと「自分の好みに合う」は別の話である。そして、その二つを無理に一つの数字にまとめなくてもいい。

オーディオという趣味に必要なのは、もしかすると「コスパの良い答え」よりも、自分が何を価値としているのかを知ることなのかもしれない。


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