過信と、頑張りすぎた代償。熱中症から始まった入院生活と、新しい病気の話
「まだ大丈夫」と、何度も自分に言い聞かせていた。
その先に待っていたのは、救急搬送と入院、そして初めて聞く病名だった。
「まだ大丈夫」と言い聞かせていた日
8月下旬。まだまだ厳しい暑さが続く中、自分は外で仕事をしていた。
「まだ大丈夫、まだ、まだできる。大丈夫。」
そう何度も自分に言い聞かせながら。
わかる人にはわかると思う。あれは、熱中症の初期症状だった。
めまい、頭痛、吐き気、そして寒気。典型的な熱中症。診断は「熱中症Ⅰ度(かなり軽度)」だった。
すぐに会社に報告し、その足で職場近くの医療機関を受診。どこか安易に考えていた自分は、点滴を打ってもらって一旦回復し、そのまま帰宅した。
悪化、そして救急車
だが、翌日になっても体調は優れなかった。
家の近くの開業医を受診し、吐き気止めと熱中症用の点滴を打ってもらって帰宅した。
その数時間後、体調はさらに急降下した。
飲んだ水分はすべて汗に変わり、暑いはずなのに身体が震えるほど寒い。歩きたくても、足に力が入らず歩けない。
これ以上は無理だと判断し、救急車を呼んだ。搬送先は、最初に受診した、家から30分ほどの病院だった。
病院に着き、すぐに点滴が始まった。1時間で3本ほど入れただろうか。
かなりの脱水状態で身体は冷えきっており、血管がかなり細くなっていた。「どこの血管も枯れているような感じだ」と医療スタッフに言われたのを、今でも覚えている。
そのまま、入院が決まった。
ベッドの上で、ずっと考えていたこと
ベッドの上で点滴を続けられ、翌日には歩けるくらいにまで回復した。そして、その翌日に退院した。
「自分は熱中症になるわけがない」
入院中、ずっとそればかり考えていた。
外での仕事に慣れている自分が、熱中症になるはずがない。周りのみんなも同じように頑張っているんだから、自分も弱音を吐かずに頑張らないと——そう思い込んでいた。
けれど、現実は違った。
自分の限界を大きく超えた状態で外働きを続け、身体はすでに悲鳴を上げていた。
「もうダメなんじゃないのか」
ふと頭をよぎる不安に、押しつぶされそうだった。
結果的に熱中症で入院し、職場にも大きな迷惑をかけることになった。
……だが、話はそこで終わらなかった。
「まだ働けるはずだ」を、確かめに行った
退院から一週間後。処方された薬が切れそうだったので、入院していた病院を受診した。
その帰り、自分はそのまま職場へ向かった。まだ仕事ができるのかどうか、どうしても自分の目で確かめたかったからだ。
結果は、まったくだめだった。
「気合が足りないだけだ」といくら言い聞かせても、身体はまったく言うことを聞いてくれなかった。
その週の日曜日にも、もう一度行ってみた。それでも、だめだった。
告げられた病名は、「ギラン・バレー症候群」の疑い
その受診からさらに一週間後。手の震えや痙攣、めまいが続いていたことから、再び内科を受診した。
急に力が抜けてしまうことも医師に報告すると、脳神経内科を紹介され、そのまま受診することになった。
告げられた病名は、「ギラン・バレー症候群」の疑い。
初めて聞く名前だった。
手足に力が入らなくなったり、しびれたりする、急性の末梢神経(脳や脊髄と全身をつなぐ神経)の病気だという。
自分の症状と、ほぼ一致していた。神経に電気を通す検査も行った。
そして、確定診断のための検査入院が決まった。結果が出るまで、推定3週間。
再び、入院することになった。
「しんどい」と、もっとちゃんと言えばよかった
今も、身体の力が入らない感覚や痺れは悪化している。
「気持ちの問題だ」「気合が足りないだけだ」と自分を奮い立たせて生きてきた自分が、次なる病気に本当に押しつぶされそうになっている。
これは、頑張りすぎた代償なのだろうか。
「しんどい」と、もっとちゃんと言えばよかった。
今はただ、そう後悔している。
この記事は個人の体験を記録したものです。症状や診断の経過には個人差があります。体調に不安がある方は、無理をせず医療機関を受診してください。
