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ひとはなぜ戦争をするのか

20世紀初頭(1932年) #ナチス 勃興期の、 #アインシュタイン #フロイト の往復書簡に於いて、既に  #戦争 抑止に関する考察が真剣になされており、二人共に戦争を防ぐためには、強大な #権力 #暴力 行使権を持った中央集権的な #国際機関 の創設が必要であり、そのためには個々の国が、自国の権力暴力行使権をその国際機関に譲り渡さねばならぬのだが、目下のところ実現する見込みはほとんどないとの結論に至るも、未来に希望を(微かにではあるが)託しています。

ひとはなぜ戦争をするのか

ところが情けないことに、21世紀初頭(2025年)の今日まで、 #国際連合 (1945年設立)に自国の権力=暴力行使権を譲り渡そうという国が皆無であることから、国際の #平和#安全 の維持に実効性のある行動を起こし、 #正義 の裁定を押し通すだけの権力=暴力行使権を持つことができぬために、口先だけの #批判 #非難 に終始するほかない無力で #偽善的 な存在に甘んじ続けているのです。

もし今、現行の #日本国憲法 と現行の #国連憲章 とに則って、 #日本国 が史上初の国連憲章、第7章、第43条、 #特別協定 の締結国となり、国内の #治安維持 に必要な権力=暴力行使権=司法機関 #裁判所 #検察庁 #警察庁 )を除外した #陸海空軍 に該当する #自衛隊 をその #兵員 #防衛装備 #防衛予算 のすべてを日本国が負担した上で、 #国連  へ恒久的に #兵力提供 するならば、日本国政府による #戦力保持 と恣意的 #武力行使 #永久放棄 を宣言している、日本国憲法 #第9条 の趣旨と自国 #防衛 との矛盾も解消し、国連加盟国としての義務である国際の平和と安全の維持に貢献( #ウクライナ #ガザ での平和回復及び維持、監視、等)することも可能となります。

今のままでは明白な #憲法違反 と見做される  #自衛隊員 も、在日常設 #国連軍 の隊員として誇らしく胸を張って、  #軍事訓練 に励み、 #自国防衛 及び国際の平和と安全の維持に全力であたることができます。

国際連合 #安全保障理事会 #常任理事国 #拒否権 #核兵器 を併せ持つ身勝手な5大国以外の全国連加盟国 #国民 にとっても、自国の暴力装置を国連兵力提供することで自国に駐留する常設国連軍となし、他の国連加盟国と相互に国連主導 #集団安全保障体制 を構築することは非常に現実的で合理的な #自衛 手段であろうと思われます。

先ずは日本が範を示すことによって、全世界の  #平和を愛する諸国民  に訴えかけるなら、必ずや少なからぬ賛同国追随国が現れると信じます。

人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」というアインシュタインの問いに対するフロイトの返信には、「すべての人間が平和主義者になるまで、あとどれくらいの時間がかかるのでしょうか?この問いに明確な答えを与えることはできません。けれども、文化の発展が生み出した心のあり方と、将来の戦争がもたらすとてつもない惨禍への不安────この二つのものが近い将来、戦争をなくす方向に人間を動かしていくと期待できるのではないでしょうか。これは夢想的な希望ではないと思います。どのような道を経て、あるいはどのような回り道を経て、戦争が消えていくのか。それを推測することはできません。しかし、いまの私たちにもこう言うことは許されていると思うのです。文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!」とあります。

21世紀の現在、戦争をなくす方向に人間を動かしていく心のあり方については、むしろ後退しているかもしれませんが、一方アインシュタイン #相対性理論 が生み出してしまった核兵器がもたらすとてつもない惨禍への不安は、20世紀初頭とは比較にならぬほど益々大きくなっています。

20世紀終盤(1989年)の #ソ連崩壊 を境に、最早  #共産主義 を  #脅威  と見做す必要がなくなり、それまで #正体 を隠してきた  #強欲資本主義 が牙を剝き、遠慮会釈なく際限ない #利益追求 に走り出した結果、急速に後退してしまった心のあり方を、21世紀のいまこそ、何としてでも立て直し戦争の終焉へ向けて前進させねばなりません

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