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「#MeToo」 による、恥と沈黙との決別 ーー旧ジャニーズ事務所問題と、神話の変更を告げる映画3作品

 人はなぜ、物語るのだろうか。あるいは、なぜそのような、まわりくどい方法で物事を伝えなければならないのだろうか。

 口伝や文書として、詩や歌として、あるいは絵画や音楽、それらを組み合わせた表現で残された数多くの物語があり、わたし達は日々それらに晒され続けている。

 わたしが影響を受けた本の中で、自称映画好きとして、特に意識しているものに『ストーリーが世界を滅ぼす――物語があなたの脳を操作する』という一冊がある。

 本書は、人類は物事を理解する道具として物語(ナラティブ)を活用してきたことを前提に、わたし達が物語を作ると同時に、「物語に作られている」ことを説明する。

 ここで扱う物語とは、宗教の神話から隣人の噂話までの、あらゆることである。現代においては、それらがテレビやSNS等のメディアで絶え間なく発信され続けている。念の為の補足だが、わたし達ホモ・サピエンスは20万年前から、その中身はほとんど変わっていない。

1日に何分間、物語を読みますか、授業で課題に出された本からニュース記事まで全部入れて?リアリティ番組、ホームドラマ、ドキュメンタリーなど、テレビで物語の視聴に費やす時間は何分?

リズムに乗せたショートストーリーを歌うポップソングに合わせて体を揺らしている時間は何分?朗読ポッドキャストやオーディオブックは?インスタグラムやスナップチャットで有名人や友達の投稿を読むのに何分かけている?ビデオゲームデザイナーが構築したナラティブの世界の中で何分費やしている?

このきわめて非科学的な調査の最後に、私は学生たちに推定時間を足して合計値を教えてと言う。

前回これを行ったとき、一部の学生は少し愕然とした様子だった。彼らは間違いではないかと何度も検算していた。

平均すると、さまざまな種類の物語の中で1日5時間以上も費やすという推定値が出たのだ。

『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』 ジョナサン・ゴットシャル 著
電子版発行日 2022年8月11日
第1章「ストーリーテラーが世界を支配する」
より引用 ※筆者にて改行と強調を行った

 上記は著者が学生に問うた一文だが、あなたもざっくりと概算してみてほしい。一日の相当な時間、物語を洪水のように浴び続けていることが分かるはずだ。

 では、人間の脳内で、それらの物語はどのように処理されているのか?フィクションだと知りながらも涙を流したり、恐怖を感じたりする、表象と現実の混同について、再び同書より引用させてもらいたい。

スタンフォード大学のメディア研究者、クリフォード・ナスとバイロン・リーヴスは、このように意識下でメディアと現実を混同することを「メディアの等式」と呼んだ。数学アレルギーでもこの等式は簡単に理解できる。次の通りだ。

メディア=現実

ナスとリーヴスは、人間の脳は人や事物のリアルなシミュレーションにあふれた環境に対処するようには進化しなかったと指摘している。

 言われてみればその通りで、わたし達はあいも変わらずホモ・サピエンスであり、新たな種に進化したという訳ではない。(そうでなければ、新たな学名が必要になる)

 映画の父、リュミエール兄弟が制作した『ラ・シオタ駅への列車の到着』では、その上映時「画面奥から観客に向かって近づいてくる列車(の映像)を見て、観客が逃げ出した」というエピソードがある。

 なるほど、わたしも子供の頃に初めて3D映画(赤青メガネの時代だ…確か、ドラえもんと同時上映の短編だった)を観たとき、「ぶつかる!」と思った記憶がある。プレイステーションで『リッジレーサー』を遊んだ時にはカーブの度に体が左右に動いたし、『ときめきメモリアル』では恋愛感情を抱いた。

 わたし達の脳に、現実と物語を区別する機能は備わっていない。あくまでその区別は、学習により獲得するものである。しかしそれでも、脳の深層ではやはり「メディア=現実」なのである。そうでなければ、ホラー映画など、全く怖くはないはずだ。

 また、物語が人類にもたらした影響について、『サピエンス全史』では概ね以下のように説明されている。

 他の動物種とは異なり、全く見知らぬもの同士が協力し合うことができるという、人類の特異な能力は「共通の神話(物語)」を信じることができるためであると。

言葉を使って想像上の現実を生み出す能力のおかげで、大勢の見知らぬ人どうしが効果的に協力できるようになった。

だが、その恩恵はそれにとどまらなかった。人間どうしの大規模な協力は神話に基づいているので、人々の協力の仕方は、その神話を変えること、つまり別の物語を語ることによって、変更可能なのだ。適切な条件下では、神話はあっという間に現実を変えることができる。

たとえば、一七八九年にフランスの人々は、ほぼ一夜にして、王権神授説の神話を信じるのをやめ、国民主権の神話を信じ始めた。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福
ユヴァル・ノア・ハラリ 著
河出書房新社 2016年9月30日発行
第2章 虚構が協力を可能にした より引用
※筆者にて改行と強調を行った

 そして、その神話は変更することができるのである。いや、むしろ変更を行いながら、人類はここまで生き延びて来た、とも言えるのだ。

 これから扱う話題について、わたしはこのことを重視し、希望を見出す記事にしたいと願って書き記すつもりだ。(ただし、暗い話題ばかりである…)

 また、本題に入る前に、ジャニー喜多川氏による性加害に関する、BBCのドキュメンタリーをまだ観ていない方は是非、本文を読み進める前に観てほしい。これは、ジャニー喜多川氏個人のスキャンダルではない。その範疇を超えた、日本のメディア全体への重大な指摘である。

 この映像が公開されたことにより、何が起こったか。初めのうちは、特に何もなかった。報道機関であるはずのTVメディアは騒がずに、嵐が去るのを待っていた。

 しかし結局のところ、スポンサー企業の方がグローバルな視点を持っていた。彼等が広告から手を引き始めたことが契機となり、ジャニーズ事務所は社長交代、主要タレントの相次ぐ退所など、紆余曲折を経て社名変更をするに至る。

 ジャニー喜多川氏が故人ということもあり(それでも、関係者はいくらでもいるはずなのだが…)全容が明かされる様子はなく、有耶無耶で終わりそうな気配すらある。

 タレント個人に罪は無い。いやしかし、被害者でありながら加害者の側面もあった者、旧経営陣の責任等について、しっかりと問われなければならない。TVメディアこそが、自浄作用を示すためにそれを為さねばならないのだが、期待できる訳もない。

 ジャニーズのファンの方にとっては消化しきれない出来事であろうが、貴方の応援するアイドルもまた、心にトラウマ(例えば…初体験はジャニー喜多川氏による行為であった、等)を抱えている可能性もある。

 もちろん、被害者であるタレント側が、そうしたことを公表する必要はない。しかし、このような仕組みが再現されることが無いようにと願う気持ちは、当事者こそ強く持っているものではないだろうか。

 そして、どれほどの権力を持ち得ても、そのようなことは決して許されないと考えを新たにする機会として、「その帝国はどのようにして築かれたのか」については、やはり解明される必要があるだろう。

 長い前置きとなったが、本稿は日本の現状と海外の認識を比較することにより、既に神話が書き換えられた ー権力による、成功を引き換えにした性搾取は認められないー ことの理解を深める目的があるため、ご容赦いただきたい。ここからが、映画の紹介である。

『シー・セッド その名を暴け』

 神話の変更は、現代でも観測できる。ミラマックス社の映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインは、数十年に及ぶ性加害を告発され、SNS上でMeToo運動が過熱。以降、同様の被害にあったとの告発が相次ぐことになり、ワインスタインは失脚、後に逮捕され有罪判決を受けた。現在も収監中である。

 これにより、加害者がいかなる権力を持っていようと、絶対的にNOと判断するカルチャーが形成された。事実であれば、どのような大物であれハリウッドから干される、というものだ。

 そして、ワインスタインを告発するに至るまでの、二人の女性記者が辿る困難な道程(映画界の超大物を前に、誰もが口をつぐむのだ…)をも、映画化されるに至ったのだ。

 本作の存在は、ハリウッドの自浄作用を示すものである。惜しむらくは、その内容も素晴らしいものであるにも関わらず、知名度がいまいち低いことだが、個人的には名作だと思っている。

※もっとも、ワインスタインの追放で事態が解決する訳ではない。あくまで氷山の一角であると考えることが妥当だろう。しかし、#MeTooにより神話の書き換えが行われたことも、疑う余地がない。

 『シー・セッド その名を暴け』には、少しばかりエモい裏エピソードがある。上記リンク先の記事で、ブラッド・ピットがワインスタインに対し、「オレの彼女に二度とあんなことをするな」と楯突いたと書かれているが、本作の制作会社、プランBはブラッド・ピットの会社であり、製作総指揮として彼自身も名を連ねている。

 さて、ジャニーズに関して。先のBBCのドキュメンタリーでは「ファンすらその事件に口をつぐむ」という事実に、記者が呆然としていた。いや、実際はもっと酷い。ジャニー喜多川氏の行為に、怒りを感じたファンもいるであろうが、しかし目立ったのは、むしろ逆の行為「被害者叩き」である。

 恥と沈黙、それを打ち破る勇気を称賛することができないのは、日本は未だ#MeTooの神話が届いていない、文化的後進国だからであろう。

『スキャンダル』

 TV界の性加害といえば、米国FOXニュースの看板キャスターが、CEOであるロジャー・エイルズによる性加害を告発した、事実を元にした映画も制作されている。(一部、脚色がある。マーゴット・ロビーが演じる役は、ストーリーテリングのためのオリジナルキャラクターだ)

 こちらもやはり、一人の勇気ある告発を契機に、次々に被害者が名乗り出てゆき、絶対権力者が失脚する物語である。そう、性的搾取をも行える「絶対権力者」だったのだ、これまでの時代は。その神話はすでに書き換えられているのだが、日本は本当に新たな物語を受け入れているのだろうか?

 日本で#MeTooを実践した人として、ジャーナリストの伊藤詩織さんを覚えている方もいるだろう。彼女は元TBS記者から受けた性暴力を告発し、裁判で戦うことを決意、最高裁まで戦い抜き、性暴力を認める判決を確定させた。

 また、その間SNSによる誹謗中傷にも晒され続けた。伊藤氏は、自身がジャーナリストであったからこそ、戦えたのだろう。しかし、想像もつかないほどの負担があったはずだ。

 果たして、日本のジャーナリズムは機能しているのか。国会は適切な法整備に向けた議論をしているのか。なぜ、被害者が何もかもを背負い込んで戦わねばならないのか。その理不尽を理解するために、「メディア=現実」の等式を活用したい。(本稿に複数のリンクや引用を用いているのは、そのためだ)

※有料記事ですが、プレゼント機能(有料記事を24時間限定でシェアできる)を設定しました。興味のある方はご覧ください。4月8日 17:18まで有効です。

『SNS-少女たちの10日間-』

 もう一つ、趣向の違う作品をご紹介したい。これはわたしが人生で唯一、「そこで描かれていることがあまりにも酷すぎて泣いた」映画である。そして、本稿でご紹介している作品の中でも、断トツに不愉快で、故に最もオススメの作品でもある。

3つの子供部屋+10日間のチャット
=2,458人のオオカミたち

犯罪の証拠として警察を動かした
禁断のリアリティーショー

巨大な撮影スタジオに作られた3つの子ども部屋で、幼い顔立ちをした3名の女優(18歳以上)は偽のSNSアカウントで12歳のふりをするという任務を与えられた。各々の部屋のPCで、連絡をしてきたすべての年齢の男性とコミュニケーションを取った。

当初のプロジェクトと同様、大多数の成人男性はビデオセックスを要求し、自身の性器の写真やポルノのリンクを送信してきた。なかには恐喝する者も。

精神科医、性科学者、弁護士や警備員など専門家の万全なバックアップやアフターケアを用意しながら撮影を続けること10日間。児童への性的搾取者が徐々に尻尾を出し始めるのだった…。

『SNS-少女たちの10日間-』公式サイトより

 観客は、12歳の少女に扮した彼女達の目線を得て、子供部屋で密やかに行われる性加害を体験することになる。親の知らぬ間に、子どもは何気なく登録したSNSから被害を受ける。その薄気味悪さは、筆舌に尽くしがたい。

 本作を踏まえれば、ジャニー喜多川氏が少年達を「ネット上ではなく実際に」害したその最悪を、より深く理解できるはずである。

おわりに

 ジャニーズのファンが、ジャニー喜多川氏について語りたくない、あるいは擁護するというのは、ジャニーズ帝国によって作られた物語を共有しているためだと理解すれば、何ら不思議なことではない。BBCのドキュメンタリーでは、子供をジャニーズ事務所に入れることを夢見た親が、「承知の上で」ジャニー喜多川氏に子を捧げるケースも語られた。親ですら共犯者となる、強力な力である。もちろんその神話は、変更するべきだろう。

 そして、「仕事と性をトレードする」問題はもちろん、旧ジャニーズだけの話ではない。そもそも、そうした報道が常に「週刊文春」や海外メディアから発信されるというのも、メディアの機能不全を表している。日本の病理のひとつは、ジャーナリズムの不足と、それによる人々の無関心である。

 水原希子さんは、芸能界の性加害について、はっきりと物申した。影響力のある人物が、明快に語ってくれたとき、神話は大きく揺らぎ始める。

 しかし、最終的にどのような神話を信じることにするのか?は、わたし達一人ひとりが選びとることだ。繰り返しだが、わたし達は「物語を作ると同時に、物語に作られている」のだ。

 何を見るのか、何を発信するのか、そしてわたし達の物語として、何を共有したいのか。わたしはいつも心のどこかで、意識的にそれを判断するようにしている。本稿はもちろん、その他の記事においてもだ。


 さて、記事は以上である。複雑な気分になられた方もいらっしゃるかもしれないが、もし内容に共感いただけて、わたしにコーヒーを奢ってくださる方がいるのなら、購入(投げ銭)していただけると嬉しい。

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