SUGIZOさん×サヘル・ローズさん オンライントーク「難民と私たちをつなぐ物語」を振り返って
先日、第20回難民映画祭・特別企画 SUGIZOさん×サヘル・ローズさん オンライントーク「難民と私たちをつなぐ物語」が開催されました。
当初の45分の予定を大きくオーバーし、1時間ほどのイベントとなりましたが、難民問題を語る上で、その内容はまだ“入口”でしかありません。
難民の皆さんとの直接の交流や支援を長年続けてこられたお2人だからこその、切れ味が鋭く、熱量の高いトークに、私たち広報サポーターも圧倒され、強く影響を受けました。
印象に残ったお2人の言葉とともに、広報サポーターの感想をご紹介します。
広報サポーターが受け取った“言葉の重み”
希望の持てる言葉がたくさん聞けたなと思いました。
サヘルさんの、「若い人たちには大きな希望があると思う」という言葉。
中学や高校では若い世代の先生方が平和や難民について積極的に教えてくれていますし、大学では国際協力や気候変動に関わる学部などが増えています。また、世界中の研究者たちも、気候変動をなんとかしようと新しい技術開発に取り組んでいます。(なので、どうか研究費削減などと言わないで欲しい・・・)
また、SUGIZOさんの「支援が行き届けばヤンチャなことはしない、みんな真面目に頑張っている」という言葉もその通りだと思いました。
「悪い部分だけを切り取って大騒ぎするメディア」そんなものには絶対に振り回されてはならないと思いました。
『バーバリアン狂騒曲』でも語られている無自覚な差別意識は、おそらくほとんどの人の中にあります。ですが映画を通して「フフッ」と笑いながら自分を客観視することで、大分無くせるように思います。
SUGIZOさんの「アサド政権は倒れたけどまだ何も終わっちゃいない。クルド系シリア人の人などは帰還出来ずにいる。イラクの難民キャンプに行って来たけれどまだまだこれからだと感じた」「僕らは地球という星の“家族”なんだ」という言葉や、サヘル・ローズさんの「ウクライナの少年が言った“みんな戦争が始まった時だけ注目するんだ”という言葉が忘れられない」という言葉。
僕はこれを聞いて「メディアで見聞きする印象だけにとらわれず、“そこに自分自身がいるとしたら”と想像してみよう」と言われている気がしました。
行動し続けるお2人の言葉の重みを感じます。
SUGIZOさん、サヘルさん、お2人ともに音楽家や俳優という肩書を超えて、1人の人間として様々な問題に対峙し、活動されているんだということをひしひしと感じました。
単に「世界が平和になりますように」といった理想論を掲げるのではなく、きちんと地に足の着いた信念を持ち、それを実際に現地に出向いて行動に移していらっしゃるお2人だからこそ、発せられる言葉には重みがあり、私自身も色々考えさせられました。
私もサヘルさんやSUGIZOさんの言うとおり「人間がいる限り戦争はなくならない」と思います。その上で目を背けることなく、今起きている現実を自分の目で見て、自分の頭で考えることの大切さを改めて感じます。
そして「考える」ことが第一歩なら、私は次にどう「行動」するのか・・・。
SUGIZOさんが先日のLUNA SEAのライブで言っていた「奇跡は『待つ』ものじゃなく『起こす』もの」という言葉が心に残っています。何かしら選択して生きる毎日の中で、これからもより良い社会のために自分のできることをしていきたいです。
ゲストスピーカーのお2人が長年の現場経験から語った“現実”は、私たち広報サポーターにとっても衝撃的でした。その鋭い言葉の数々に、とても胸をつかまれました。
とくにSUGIZOさんの言葉には、現場で見てきた人だからこその重みがあり、世界平和という大きな問題の前に、国同士の争いなどはいかに些末な問題であるか、を考えさせられます。
SUGIZOさん
「日本は右にならえが強く、マスコミは政府の意見を正しいものとして広める。他の国から見たら、その意見はとてもよくないものに聞こえているのに、マスコミはそれを報じない」
「愛国心は政府の言いなりになることではない。政府が間違えたら、ノーと言うのも愛国心」
「人類は一度滅んでやり直すしかない」
サヘル・ローズさん
「ダイヤモンドやチョコレートなど、資源の産地であるアフリカのことを考えてみて欲しい。ダイヤモンドを掘れるのはアメリカで、チョコレートの畑も経営は欧米人。現地の人は安い賃金などで搾取されている」
「難民が増えているのは、世界のあちこちで紛争しているから。なので、支援の手が足りない。命の優先順位をつけないと追いつかないような状況になっているが、本来それはあってはならないこと」
これらの言葉に触れ、難民問題をめぐる「世界の不均衡」をあらためて実感しました。
「ラジオ・ダダーブ」で難民キャンプから出ることが出来ないDJの方が伝えようとしていることは、もしかしたら、今日本にいる私達への警鐘かもしれないと言うこと。
難民キャンプにいる人達も、まさか自分がこんな目に遭うとは思っていなかったと思います。他人事ではなく自分にも起こりえることだと考えておくと、引っ掛かるフックも多くなるのかもしれませんが、日常に戻ると忘れてしまいます。それは恵まれていることなのかもしれません。
ただ「難民」と聞いたとき、少なくとも何かを考えている人でありたい。
もし自分が「難民」になったとき、他の人より腹を括れる人でありたい。
そしてほんのわずかな考えながら、「どうしたらまず周りの人が暮らしやすいか考えれる人でありたい」と思っています。
SUGIZOさんとサヘルさんの優しさと強さをひしひしと感じました。
難民の問題だけでなく、戦争や紛争、宝石がどこから来るかということ、政治のことなど、まずは「知ってほしい」というおふたりの言葉。
SUGIZOさんが1990年代にサラエボでの内戦のことを知り「知ってしまったからには何かしないと」と心が突き動かされ、そこからミュージシャンとしても突っ走りつつ30年以上も社会のことにアンテナをのばしていらっしゃる姿に感動しました。
サヘルさんのトーク中、参加者のマイクがオンになってしまい、どこかの駅のアナウンスが流れてきた時、サヘルさんが「気をつけてお帰りください」と声をかけた寛容さに「さすが」と思いました。しかし、さらにサヘルさんが「この言葉が、難民には当たり前ではない」と続けたとき、ハッとしました。パスポートもなく、故郷に帰りたくて帰れない人たちが、お互いにそうやって声をかけたくてもかけられないフレーズなのです。
知ること、知ったら誰かに伝えて一緒に話し考えること。
難民問題と自分とをつなげて、自分ができることをすること。
それは難民問題だけでなく、環境問題やまちづくり、平和などあらゆることに通じることだと思います。大きな世界的問題も、小さく分けて考えて行けば自分の生活のどこかとつながります。環境負荷を減らす努力をして作られた商品や労働搾取せずに作られた商品を買うことも、私たちができる行動なのです。
サヘルさんの「私たちは選択することができる」という言葉は、私たちが活動家でなくても持っている力があることを教えてくれています。お2人の熱い想いに、圧倒されっぱなしでした。私たちは、若い世代、そしてこれから生まれてくる人たちに、どれだけ希望と優しさにあふれた世界を引き継げるのか。私はそのために何ができるのか。あらためて考えさせられました。
SUGIZOさんが難民支援について語るのを直接聞くのは私も初めてでしたが、言葉の鋭さと視座の高さに圧倒されました。
サヘルさんの「命の優先順位がつけられている」という言葉にもドキリとしました。
『バーバリアン狂騒曲』でコメディタッチに語られていますが、「ああいう民族的差別の気持ちは、自分の心の中にもきっとある・・・」と。
「難民を生み出してる責任の一端は自分たちにもある」
これも、向き合いたくないことだけれど、まったくその通りです。
“気候変動の加害と被害のズレ”が起きていて、難民になった人たちはそのしわ寄せをくった人。
「“自分たちが豊かになるために進めた文明”の結果が、遠くの誰かの家を奪い、生きる場所を奪っていることに、私たちはきちんと向き合わなければいけないな・・・」と感じました。
しかし「そういうことに“気付ける”のが、映画の力であり、映画祭の存在意義でもあるのだ」ということも、あらためて感じました。
同じイベントに参加しても、自分の心に残る言葉は人それぞれです。
けれど、お2人の言葉が私たちの心に残した“方向”は不思議と共通しています。
「遠い世界の話ではなく、自分の生きる現実として向き合っていこう」という視点です。
また、トークの中でお2人とも「次世代へ受け継ぐバトン」ということを強く意識されていました。
これは、オープニングイベントに登壇した親善大使・MIYAVIさん、紗栄子さん、石原さとみさんのメッセージとも共鳴しています。
“子どもたちにどんな未来を受け渡すのか・・・”
難民問題を考えることは、壮大なテーマに立ち向かうことではなく、自分の視点を少し広げてみることから始まるのだと思います。
今回のトークイベントが、ふとしたタイミングでよみがえり、小さな問いや会話につながれば・・・それだけで、このイベントはきっと大きな意味を持つはずです。
記事まとめ:広報サポーター 栗原智子
●SUGIZOさんが注目する作品はコチラ
『アナザー・プレイス』
『見えない空の下で』
『希望と不安のはざまで』
●サヘル・ローズさんが注目する作品はコチラ
『ラジオ・ダダーブ』
●8作品まとめて鑑賞
