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その怖さは、過去の続きでした

投稿したあと、怖くなりました。

よく考えずに出してしまったかもしれない。

夜に書いた言葉は出すな、
そんな言葉が頭をよぎるくらいに、

少しだけほろ酔いで、
勢いだったのかもしれないと思いました。

でも本当は、

誰かに何か言われることが怖いのではなくて、

ある特定の人の反応が怖いのだと気づきました。

それは、
いま信頼している人ではなくて、

過去の「親友」と呼んでいた人でした。

いま信頼している人は、
そんなことを言う人ではない。

ここまでの関わりの中でも、
それはわかっています。

でも、それでも怖い。

なぜなのかと見ていったときに、

私はいま、
信頼している人を見ているのではなく、

過去の親友との関係の中で感じていた
恐怖を、

そのまま重ねているのだとわかりました。

本音を出すと、
責められる。

否定される。

見放される。

脅されるように、
コントロールされる。

そんな感覚が、
身体の中に残っていて、

いまの現実とは関係なく、
その反応だけが出てきている。

今回の出来事は、

誰かに何かを言われたわけではなくて、

ただ自分の本音を書いて出しただけなのに、

そのあとに起きた「怖さ」は、

完全に過去の再現でした。

でも、ひとつだけ違うことがあります。

それは、

現実では何も起きていない、ということです。

いまの私は、

本音を出しても大丈夫な場所にいる。

それなのに怖いと感じるのは、

間違っているからではなくて、

過去と違う行動をしているから。

そう思えたとき、

この怖さは、
崩れているのではなく、

抜けている途中なのだと感じました。

そして気づいたのは、

あの関係の中で一番怖かったのは、

「怒られること」ではなくて、

「自分が自分でいられなくなること」
だったのだということです。

だからいま、

自分を出すことに対して、
こんなにも反応が出る。

でも同時に、

いまの私はもう、

そのときの私ではないとも感じています。

怖さがあるままでも、

自分の本音で動いている。

それが、

いまの私の現実です。

うららの備忘録。

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