ギバーとテイカー。優しさが消耗に変わる瞬間
人間には「ギバー」と「テイカー」がいると言われています。
※今回は『マッチャー』については触れません。
簡単に言えば、見返りをあまり求めずに与える人(Giver)と、自分の利益を優先して受け取る人(Taker)のことです。
これに関して、これまであまり意識したことはありませんでした。
ただ振り返ってみると、自分の過去の人間関係や恋愛は、ほとんどこの構図に当てはまっていたような気がします。
自分はいつも与える側でした。
恐らく自分に自信がなかったんでしょうね。
与えることで関係をつなぎ止めようとしていたんだと思います。
相手に喜んでほしい、関係を大切にしたい。
そう思って、時間とお金と気持ち、何もかもを犠牲にして、差し出していました。
それが自然なことだし、そうするべきだって、勝手に思い込んでいたんですよね。
でも今振り返ると、自分は純粋なギバーではなかった気がします。
与えることで、見返りを期待していた。
つまり、ギバーのふりをしたテイカーだったのかもしれません。
「Give and Take」が当然の前提になった瞬間、人との関係は少しずつ崩れていきます。
思い返すと、良い思い出が残っていない恋愛はいつも一方通行だった気がします。
与えることが前提で、相手から返ってくるものはほとんどない。
感謝もなければ、配慮もない。
それでも、「そのうち変わるかもしれない」と思って続けていました。
でも、人は簡単には変わりませんよね。
むしろ、こちらが与え続けるほど、相手にとってそれが「当たり前」になってしまってました。
そして関係が終わったあとに残るのは、いつも疲労感と後悔だけなんですよね。
一人相撲ってやつです。
正直言って、過去の異性との恋愛に良い思い出はあまりありません。
もちろん、すべてがそうだったわけじゃないんですけどね。
お互い気を遣って、自然に与え合える関係もありました。
ただ、見ている世界が違ったので、結果的に形は違ってしまったんですが、少なくとも「消耗する関係」ではなかった。
だから今は、はっきり思います。
人が生きていく上で、ギバーであること自体は悪くない。
でも、相手がテイカーなんだったら、その関係は続けるべきではない。
与えることが嬉しくて、それが自分にとっての幸せであるうちは問題ありません。
ただ、それが義務や我慢に変わったとき、関係は歪んでいくんですよね。
これは恋愛に限らず、人間関係全体に言えることだと思います。
大切なのは、与えることと受け取ることが、無理なく循環しているかどうか。
どちらか一方に偏った関係は、長く続くほど、どこかで崩れていくと思います。
自分の過去を振り返ると、最初からバランスが崩れていた関係が多かったように思うんですよね。
だから今は、過去と同じことを繰り返さないように、それだけは意識しています。
与えることも、受け取ることも、どちらか一方に無理がかかっていないか。
それを冷静に見るようになりました。
昔みたいに、隙間を埋めるために与えることはしません。
その代わり、無理をしなくても続けることができる関係を選ぶようにしています。
そういう関係のほうが、ちゃんと続くんですよね。
不思議なもんです。
そして今は何より、もう「消耗しない関係」を、自分は選べてるんじゃないかなと思っています。
それではまた。
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