掌編小説【それぞれの価値観】#青ブラ文学部
山根あきら 様の記事に参加させていただきました。
お世話になっております。
よろしくお願い申し上げます。
飼い主は、生まれつき身体が丈夫ではなかった。
それは父親譲りでもあった。
父親は昼夜問わず咳を零し、せめて自分の息子だけでも御国の為に奉公させたいと、どうかしてでも、丈夫な身体に育てようとしていた。
飼い主は手先が器用で、いつも僕のそばで竹とんぼを飛ばしたり、あやとりをしたり、おはじきを眺めていたりしていた。
中でも縄を編んで草履を拵えるのが得意で、母親に褒められては、嬉しそうにしていた。
けれど父親は、そんな女児みたいな遊びなぞせず、山を駆けよ、川を泳げ、と叱りつけた。
飼い主の大きくなるにつれ、僕を撫でる手も、少しずつコツコツしてきたようで、また、どれほど弱かった身体は、二十歳になるころには見違えるほどになっていた。
父親は、日頃の鍛錬の賜物だと自慢げに話していた。
そして、桜が美しく咲き誇るころ。
飼い主の元に一通の手紙が届いた。
しばらくしてからのある日のこと、
父親は、それはもう大層喜び、
母親は、いつも通りのやうだった。
月日は少し流れ、雪の舞うある朝。
玄関には家族が揃い、飼い主はふたりに向かって「行ってまいります」と言った。
それが、僕が最後に見た飼い主の姿だった。
父親は、何度も何度も「万歳」と叫びながら涙を流し、母親は、じっと飼い主の背を見送りながら涙をぬぐっていた。
飼い主が遠く小さくなるころ、母親は、僕にだけ聞こえるようにぽつりと溢した。
「不健康でいさせてあげたかった」⸻と。
僕はしばらく、母親の足元に身を擦り寄せ、そのぬくもりを感じていた。
終
