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溺れる魚

「魚は、なぜ溺れたのか?」

この歌詞に登場する魚は、生物学的な魚ではなく、現代社会を生きる一人の人間であり、「本来なら生きられる場所」で息苦しさを覚えてしまう人物の物語です。

社会に適合できない心の葛藤を、読んで聴いて
感じてもらえたら嬉しいです😌


作詞 parade.5

雨の匂いがする
誰もいない部屋
存在だけが…
流れる水
昨日より冷たい
泳げば泳ぐほど
体は重くなり
心だけが
沈んでゆく
名前を呼ぶ
少しずつ 少しずつ
僕ではなくなって
鱗を剥がして
揺れる水面
置いていく
世界は、こんなにも澄んでいるのに
どうしてだろう?
僕だけが 呼吸を忘れてしまった
僕は溺れる
煌めく世界で
産まれた場所なのに
薄暗くて
声も届かない
手を伸ばすたび
霞んでゆき
静かに崩れていく
空は僕を責めない
風も何も言わない
だから苦しい理由だけが
いつまでも僕の中で
鳴り響き続ける
In this world
I couldn't live.
So today too
In a place where no one can see
Quietly
Drowning.
僕は溺れる
世界のどこかで
水と空と光に
包まれて
そこではきっと
泳ぐためでなく
生きるために
泳ぐのだろう
僕は溺れる
歓びの世界で
還るべき場所なのに
湿っぽくて
何も聴こえない
手を伸ばすほど
遠くなって
静かに…沈んで…
朝がまた訪れる
白い光が
世界を満たして
輝く海の底…


(2026/8/2)
楽曲はTikTok、YouTubeで公開中

溺れる魚(セルフライナーノーツ)

人間として産まれて、社会を与えられ、生きているはずなのに、何故か生きにくさを感じてします。その心の葛藤を「溺れる魚」という、
タイトルで、歌詞を綴りました。

「泳げば泳ぐほど
体は重くなり」

まわりに合わせようと、がんばるほど
体が動かなくなって。

「少しずつ 少しずつ
僕ではなくなって」

無理を重ねて、自分に嘘をついて。
自分を無くしていく。

社会不適合とは、社会から弾かれるだけではなく、自分がなくなっていくことだと感じます。

もちろん、自ら心と向き合い本当の自分を
意識できる人は別ですが、ほとんどの人は、
社会に適合できない自分を責めてしまうと
思います。

でも、このまま暗い歌詞で終わらないのが
parade.5なのです🥹🙌

この詩は、世界を敵として描いておりません

むしろ、澄み渡って、煌めく世界
歓びの世界。

これは、主人公が、自らが適合できない世界に
想う憧れを表現したのです。

そして、主人公の葛藤が続く中、最後に。

「朝がまた訪れる
白い光が
世界を満たして
輝く海の底…」

朝の光は赦しや慈愛として表現しました

でも、ここで照らされるのは
空ではなく、「海の底」

この物語は

「誰にも見えない場所でも、がんばって
生きようとしている人」への歌なんです。

そして、そんな場所でも、必ず朝になれば
光が降りそそぐ✨

この詩を聴いて、「自分も溺れていたのかもしれない」と思った人がいても、大丈夫です👌
あなたの心の何処かで、一匹のお魚さんが息をし始めてる😌そんな氣がします

最後まで読んでくださり、
ありがとうございます😊

               parade.5

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