『殴り殴られ詩人酒場』ep.87「兄弟」知りたがり向け深掘り解説
この作品は、兄弟や友人との何気ない一日を描いた作品です。
でも、本当に描きたかったのは、それだけではありません。
作者はこの物語を通して、
「家族ではない人が、いつの間にか家族のような存在になっていく瞬間」
を描いています。
① 「兄弟」という題名には二つの意味がある
題名は「兄弟」です。
もちろん、大ちゃんと草介くんは本当の兄弟です。
しかし読み進めると、主人公・朔ちゃんも二人の輪の中へ自然に入っていきます。
草介くんと足でつつき合って遊ぶ場面では、
「兄弟を持たぬ俺は今更ながらに弟ができたようで」
とはっきり書かれています。
つまり、
血のつながった兄弟
心でつながった兄弟
この二つを重ねて描いているのです。
② 性格は違っても「同じ家で育った人」は似てくる
大ちゃんは豪快です。
遠慮しない
すぐ触る
すぐ笑う
すぐ冗談を言う
一方、草介くんは
礼儀正しい
謙虚
真面目
まるで正反対です。
ところが主人公は途中で気付きます。
「笑うと……否。笑わずとも、彼は見るほどに大ちゃんとそっくりだ。」
外見だけではありません。
二人とも明るく、人を楽しませることが好きなのです。
つまり作者は、
人は性格が違っても、家族として育った空気はどこか共通している
ことを描いています。
③ 芋は「未来」の象徴
草介くんが持ってきた「べにあか」は、ただのお土産ではありません。
彼は農業を学び、
帝大へ進学し、
将来は農学を勉強したいと語ります。
つまり芋は、
家族の仕事
自分の努力
将来の夢
すべてを象徴しています。
だから主人公は、芋を見るたびに草介くんの未来まで見えているような気持ちになります。
④ 小説家らしくない主人公
草介くんは言います。
「小説家の部屋ってもっと酒瓶が転がってたり煙かったりするもんかと……」
世の中には、
「芸術家はお酒を飲み、煙草を吸い、だらしない生活をしている」
というイメージがあります。
しかし主人公は違います。
酒も煙草もしません。
つまり作者は、
「小説家らしさ」なんて決まりはない
と言いたいのでしょう。
人は外から見える姿だけでは分からない、ということです。
⑤ 「誰も否定しない」の意味
最後の一文は、とても大切です。
「誰も否定せぬのをいいことに、俺は小説家のふりで指を黒く汚していた。」
主人公は自分を、
「本当に小説家なのだろうか。」
と少し疑っています。
まだ自信がないのです。
それでも、
誰も「お前は小説家じゃない」と言わない。
だから今日も原稿を書き続けます。
この場面には、
夢を追う人の不安
が隠されています。
本当の自信はなくても、
続けることで少しずつ本物になっていく。
そんな気持ちが表れています。
この作品で描かれる「音」
作者は何度も「音」を書いています。
紙をめくる音
花がかさかさ鳴る音
ペンが走る音
足でつつき合う音
笑い声
これらの音は、
「この時間は確かに存在していた」
という証拠です。
静かな部屋なのに、とてもにぎやかに感じるのは、この音のおかげなのです。
この作品が伝えたいこと
この作品では、大事件は起こりません。
誰かが世界を救うわけでもありません。
けれど、
親友が訪ねてくる。
弟が芋を持ってくる。
将来の夢を語る。
冗談を言って笑う。
静かに原稿を書く。
そんな何気ない一日が、人生ではかけがえのない時間になります。
だから最後は静かな空気で物語を終えています。
「幸せとは、特別な出来事ではなく、安心して笑い合える人たちと同じ時間を過ごすこと。」
それが、この作品全体を通して作者が読者に伝えたかった一番大切なメッセージだと考えられます。
