"使い続ける"という無形の財産
オジサンは、ずっと使い続けている物がある……
それが、この腕時計、「 CASIO OCEANUS OCW-600 」なのである。

これは、妻と夫婦になる時に結納返しで貰ったものである。
この時計を選んだ時の事と指輪を贈った時の事は20年以上経った今でもオジサンは鮮明に覚えている。
妻に、婚約指輪を贈ったお返しとして、
記念になるものを贈りたいと言ってくれたことに始まる。
2005年9月16日に開店した
「 ヨドバシカメラ マルチメディアAkiba 」に行き色々ある時計の中で、
このモデルを選んだのは妻の一言がきっかけである。
「この色合いならカジュアルでもフォーマルでも合うよ…」
その一言でこのモデルに決めたことは後悔していないし、
寧ろこんなにも長くオジサンの右腕を定位置として居てくれるのは感無量である。
( オジサンは左利きである。)
オジサンが妻と入籍した日は2006年6月20日。
区役所の夜間窓口へ婚姻届を提出しに二人して自転車で向かい、
その帰り、二人でちょっと高めの回転寿司へ行って祝杯を挙げた。
帰り道に二人してほろ酔いで帰路についたことがまるで昨日のことのように思い出される。
今も、オジサンは妻と一緒に居られる事を幸せに思っている。
この境地に行き着くまでにはきれいごとではない日常があったのは事実だ。
そんな時でもこの時計は静かにオジサン達に寄り添い、
その一部始終を一緒に見てきた。
泣いたり、怒ったり、揉めたり、笑ったりなど色々な出来事がいっぱいあったし、 これからもあったりするだろう。
でもオジサンは妻がオジサンを選んでくれて良かったと思う、
色々な人に会わせてくれたし色々な事を教えてくれたし
今も教えてくれるから、
感謝しています……と本人には、昭和であるオジサンは言えないのです。
( 妻はもしかしたら内心「あちゃーっ…」と思っているかもです。 (;^ω^) )
本当に言葉にするって…難しいですよね。
海外の方が奥さんに伝えられるのが羨ましい限りです。
話を時計に戻すと他に腕時計は持っていない。
オジサンは他に欲しいなと思う時計もあったし、
欲しいと思って売り場まで行ったこともある…が
不思議なのだが自分の右手に着けている時計を見ると…
これがあるなぁ…と思い始めてしまい買う気が失せてしまうのであった。
そんな事を数回繰り返し時間が過ぎていくと、
当然のように時計の各所とメタルバンドは劣化してくる。
ましてや長く使っているとそれは顕著になってくるのです。
特にカシオ計算機製の純正メタルバンドは割りピンタイプなので使っていると、
割りピンが痩せてきてしまい、最悪、抜けて駒が脱落してしまうのである。
15年程、使用していた時にベルトの割りピンが砕けた時は
コンクリートに落としそうになって焦ったのを覚えている。
新しい、純正のメタルバンドを買おうとしたが…
純正ベルトの値段が高い💦
とても、とても、高くて買えません💦
そんな時にネットで派生品
( 見た当時は生産完了品 ) であるこのモデルを見て
ベルトを交換しようと思い立ったのです。

結果…こうなりました。

この「Dバックル( 観音開き)」が凄くいいんです。
昔、革ベルトを使っていた時、いつも使う穴周辺が傷んでたのですが、
このDバックルタイプ(観音開き)は、
金具の方で固定を行うので革の穴は使わないのとリング状になるので
時計をお腹と腕でベルトを挟みながら付けなくても大丈夫なんです。
( 状況説明が下手すぎて想像できないと思いますが…💦 )
この組み合わせに喜んでいたが一つ問題が出てきまして…
当初は1年を通してこの組み合わせで使っていましたが、
夏になると革ベルトに汗が染みて臭くなるのです💦
妻から言われて初めて気が付きまして…
何とかならないかと考えておりましたところ見つけたのが
「 NATOベルト 20mm 黒xグレー 」です。
これならば、汗をかいても丸洗いできるので夏にぴったりです。


今は、
春・夏 = 「 NATOベルト 20mm +Dバックル(観音開き) 」
秋・冬 = 「 革ベルト21mm( 黒x白ステッチ ) + Dバックル(片側開き) 」
季節毎にベルトを交換して楽しんでいます、
同じ時計でも表情が変わるのは新鮮な気持ちになるのが良いと思います。
磨いたり、掃除をしたりしながら使い続けて21年になりますが
( 2026年7月現在 )
もはや身体の一部になって付けているのが当たり前になってます。
その当たり前では無くなったのが2025年12月の入院です、
入院した2025年12月1日、午前3時16分に止まってしまったからでした。
それまで、故障や時刻の狂いも無く20年間動いてきた時計が止まるのは…
正直、堪えました…
最初は窓際に置いて日光を当てて充電して動き出したのですが、
直ぐに止まってしまうの繰り返しで最後は充電しても動かなくなり、
入院中と言う不便な状況下で不確定な情報に躁鬱になりながら
やっと、カシオ計算機のホームページに行って調べたら、
ショッキングな一文が載っていたんです。
「生産終了モデルによる部品供給終了と修理対応不可について」
普通は、時計が壊れたら新しい時計を買えると喜ぶんでしょうが…
オジサンは、正直、ショックでした。
この時計と歩んだ20年が止まってしまう?
当たり前のように右腕で静かに時を刻んでいたこの時計が…
修理できないかもしれない?
他人から見れば「たかが時計」、「大量生産品」と言われるがオジサンにとってこの時計は結婚してからの20年間を一緒に歩んできた
道具を超えた存在なんだとその時初めて気づかされました。
だから、新しい時計が欲しくなっても買えず、
壊れて、新しい時計が買えそうと分かっても嬉しくもなく、
只々、胸にポッカリ穴の開いた空虚感が漂っていました。
病院のベッドで自分の右手を何時も時計が付いているのに
今は、点滴用のチューブと患者識別用のタグだけが付いているのを見て
テーブル上の時計を眺めていると、
「この時計じゃなければ嫌だ、この時計の変わりはない…」
「この時計と歩んだ20年間は、虚構なんかじゃない…」
と思いはじめていました。
それと同時に、別の思いも創造し始めていたのです。
悶々とする日々が続き、退院し年末を挟んで年明け、
祈るような気持ちでカシオ計算機へ修理を依頼し
時計を送り待った2週間は長かった…。
送る際、修理する方には何も関係ない話なのだが、
この時計の由来と詳細を手紙にしたためて同封して送ってしまった。
結果、2週間後、無事に戻ってきたのである。
丁寧なお手紙と共に、各部の点検と二次電池の交換を行い無事に…
梱包された箱から出してこの時計を見た時、
正直、泣いた。
泣いてしまった、自然と涙が止まらなかった。
一人、玄関で50代のオジサンが静かに泣いていた。
大げさだと思うがそれだけの存在なんだと感じさせられる出来事だった。
そして、今もこの時計はオジサンの右腕で静かに時を刻んでいる。
これからも…
"使い続ける"という無形の財産
がどんな高級品より価値があり、
当事者にしか判らない思いを宿しているのを
考え・再認識させられる出来事でした。
皆さんは、大事にしたいものはありますか?
あるのなら、有形でも無形でも関係なく大事にしてください。
それは、いつか大切な想いに変わりますから。
