若者だから書ける「AIに取り憑かれた」世代
はじめに
若者である「私」の主張
私は、本が好きです。
それは、先人達が築き上げてきたものや考え方や、その道一筋で長年経験されてきたことを読むだけで辿れるからです。
最近は、哲学書や自己啓発本、お金やビジネス関連本中心に、より様々な本を手にとるようになりました。
私は、26歳です。
特にこれと言って何か大きな肩書きがある者ではありません。
強いて言えば、理学療法士であることです。医療職でない人に比べると、本で言えば、医学書を一番多く読み、文献なども見る程度です。
しかし、どの本を読んでも、その業界で有名な人や、華々しい経歴をお持ちの方ばかり。SNSもそうだと思います。
過去では、壮絶な苦労をされ、勉強され、周囲の人からすごいなと思われるくらい、ご有名になられたり、若くてももの凄い年収があったりする方々が今について語っておられることが多いですよね。
過去の経験から、現代はこうだから・・・と享受してもらえる世界は素晴らしいと思っており、私たちの最大の味方であるのも事実です。
では、見方を変えてみましょう。
なぜ、「今」を必死に生きている若者が書いている本が少ないのでしょうか?
若者の意見や考えなど本にする価値がないからでしょうか。
やはり、執筆するということは経歴が必要なのでしょうか。
それとも、売れ行きの問題なのでしょうか。
過去と現在は違うはずです。
今を生きている私たちだからこそ抱えている問題や不安があります。
それは、過去に成功を収めた方のことを信じても意味がない。
行ってこられたことをそのまま実践しても意味がない。
自分は過去に成功したから、あたかも正解のように、私たちの行動が不正解かのようにおっしゃられている方も耳にします。
そんな疑問やある一種の怒りも込めて、今を生きている私が考える「私世代の課題と私たちにとって重要なこと」を実体験とともに書いていきます。
それが、社会に出てまだ数年しか経っていない、なんの経歴もない「私」が発信できる内容であると思っています。
泥臭いことはほとんどしない
冒頭でも記載しましたが、私は、社会に出てまだ数年の若造です。
そのため、20年、30年と社会に出ている方々の考えを乞う立場にいます。
特に、仕事に関してはそうだと強く思います。
過去の経験や研究、哲学があるからこそ、方法や考え方が確立され、答え、道筋が用意されていることがほとんどです。
すぐに答えが待っていて、その手順まで確立されている。
逆に、教えてもらえないと何もできない人が多いと思います。
でも、答えてもらえなくてもAIに聞けばある程度のことは解決する。
しかし、私はズバリここに違和感を感じました。
超特急なこの社会
その違和感の正体は・・・
そうです、この世の中は何をするにも時間がかからない。
つまり「便利”すぎる”んです。」
一度、スマホを見れば、あらゆる世界の情報や日本の今にアクセスすることができます。一度見てしまうと、その方法や思想に飲み込まれて信じきってしまう人も少なくないのではないでしょうか?中には、自慢げに自分物語のように語っている人もいるのではないでしょうか?
無論、私もその一人でした。笑
私の高校や大学時代の時ですら、SNSやネットで調べることは当たり前になっており、検索エンジンやそれに関する論文を読めば答えは出てきました。その内容に整合性が保たれているのかについては、辞書や文献でより深く調べて、整合性が保たれているかを証明しなければならなかったですが。
医療に関して例を挙げてみると、
研究テーマに対し、それを証明するために、そこに行き着くまでの論文をひたすら探します。
具体的には、
「A,B,Cの著者が先行研究にて証明しているから〜」
「A,B,Cの論文を組み合わせるとこう言えますよね」
みたいな感じです。
そうして、ようやく、、、一本の論文が出来上がるのです。少なくとも、そのようにして論文を書き上げられている方々を何人も見てきました。
そのため、何かの専門性を語った本には、必ず引用文献や参考文献があります。それは、記載内容の整合性を保つためであり、専門書は引用・参考文献の数が異常な本だという認識でいいと思います。笑
しかし、今は違います。
それは「AI」が普及しているからです。
最近はAIが、私たちにでも手軽かつ無料で使用できるようになり、質問するだけで、いろんなサイトにアクセスし、有用な情報や答えをくれて、さらには情報の出どころまで記載してくれるようになりました。
それをうまく使用し、付き合っていくことは重要なことであり、できるようにならなければいけないと思っています。
問題は、以前まで行っていた整合性を確かめる作業を実行してくれるようになったということです。そうすると、ちまちました作業をする必要がなくなります。それだけではなく、最近は、相談相手や上司へのメール、作詞作曲やアニメなども制作できるようになってきています。
よくお聞きすることはないでしょうか?
「このスライドはAIで手間なく簡単にすることができるんです」
「AIに聞いたらこう言っていたので・・・」
「AI使ったらこんなにも便利なのに・・・」
「AIではプロンプトがしっかりしていれば、いい返事が返ってくるよ」
私が考える「私たちを取り巻く問題」
先ほども記載しましたが、AIとはうまく付き合い活用すれば、より私たちの力になってくれるはずですが、実際には、思考することをやめ、AIを頼りすぎる傾向になっていると思います。そうすると、「判断力に欠けている人」や「受動的にしか動けない人」が多くなっているのではないかと思います。これはその一例です。
友人が家を探していました。
以前であれば、物件情報を確認するため、あらゆる物件サイトを閲覧し、条件を絞り込んだり、間取りを考えたりしていたと思います。
しかし、その友人は、AIに条件を全て入力し、その条件でヒットしておすすめされたところの数件程度しかみずに連絡し、内見し、物件を決めてしまいました。そうして、実際住んでみると、条件設定が足りずに、実は坂が多い場所だった、家の向き的に日当たりはいいけれど近くに高い建物が立っていた、周囲の物件と比べると高額な家賃であったなど、環境や家賃など条件設定していない事柄には後からしか気付けないのです。
そうすると、住みにくさを感じ、理想の家を探しだす。
結果として、引っ越しを繰り返してしまうことになります。
そんな馬鹿な、使い方が悪いんだ!と思われる方もいると思いますが、実際では、よくあることではないでしょうか。
些細なことで言えば、商品の購入時も同様です。
このように、最近、私世代は「判断できない人」が多くなってきている気がします。判断できないということは、行動に移せません。行動しないと失敗することもないですから、試行錯誤する時間もありません。そして、少しづづ失敗を恐れるようになります。また、判断できないわけですから、上司の許可や指示が不可欠であり、能動的に動ける人<受動的に動く人が圧倒しているのではないかと考えます。
実際は、過去に必死になって論文や本を書き上げてきた人たち、動画やパワーポイントで工夫を凝らしてきた人たちにとってはとても便利であると思います。そのため、SNSでは「AIを正しく使う方法」のように、AIの使い方をレクチャーするような動画や、どんどん使用した方が良いといった内容が溢れています。(そう言える方はうまく付き合っておられるんだと思います。)
しかし、一方で、もっと今までになかった方法や発想が欲しいのに・・・と思考しないと思いつかない事柄を私たちに要求する人もいることでしょう。
ここで声を大にして言いたいです。
私たちも考えているんだ!!!!!と
正確には、私たちは「思考していない」「判断していない」わけではなく、
そういったツールがあったがため、利用するのが当たり前になってしまい、「自身で判断したこと」に自信が持てず、「行動する」勇気がでないのです。
過去で言えば、言い過ぎかもしれないですが、公共交通機関の普及やガラケーからスマホやPCに変わったような感じでしょうか。便利になった分、健康への影響が示唆されるようになっているのと同じだと私は考えています。
果たして、社会は、そして私たちは、本当にこのままでいいのでしょうか?
”今”を生きているか
前述したように、自分が判断をしなくても何かが、誰かが代わりに判断してくれる世の中です。当然、今、この瞬間もSNSや動画、AIで調べ物をしたり、メールの文章やスライドを作っている人もいると思います。
先ほども少し触れましたが、
私もその一人である。ということです。
この疑問や違和感、そして気づきは、実体験に基づき得たことなのです。
私の実体験
私は、過眠症という病気と闘っており、休職を余儀なくされています。
簡単言えば、とりあえず日中もすごい眠いという症状です。
悪く言えば、現代の医療では完治させる方法がない難治性疾患であり、ひどい時は車の運転中や歩行時、人との会話中も眠ってしまうという症状です。また、睡眠にも影響が出るため、それも相まってより眠い状態が常に続きます。
現在の治療方法は服薬コントロールしかなく、何時にこの薬を飲むと日中行動することができ、何時にこの薬を飲むと眠れるのかを知る必要があります。
これは、皆さんが普段、普通にされていることだと思います。
「眠くなったら寝る」や「何時間寝ると調子いい」という感じです。
私はこれを、その日の体調、起きた時間、寝る時間に合わせて薬のタイミングを変える必要があります。
一言で言うと、超むずいです。笑
そこで私は、服薬治療が本格的に開始されてから、ほぼ1日中、AIや検索エンジンを使用して、「よく眠れる方法」や「日中起きるための習慣」を調べつつ、将来への不安から、「時間に縛られずに働ける仕事」について調べまくりました。
しかし、結果として、答えは出てきませんでした。
どれも一般論にしかすぎず、簡単に思いつくことやその当時では実践できないような内容ばかりでした。
当然、医師にも相談しましたが、服薬については人によって効く時間帯や切れる時間が異なるため試すしかないと言われました。
まぁ、言われる前から医療従事者である私が、患者さんに言っていたことなんですけどね笑
そして、今後働けるのか・・・と単純に絶望しました。笑
検索結果では、コントロール可能な病気と出てくるのに、そのコントロール方法は一般論なのですから。当時は、眠気のため余計に「判断できなくなっていた」自分にとっては今後の未来を考えると絶望していたのです。
ここでようやく自分と見つめ直し、受容することで理解できました。
AIやSNSに取り憑かれ「判断すること」をしなくなっていたのだと。
正解を求めすぎて「行動すること」が怖くなっていたのだと。
何より、「今を生きていられていない」のだと。
自分の現状を整理すること
では、実際に自身でどう判断し、どう行動する必要があるのかと考えました。それに当たって、まず現状を整理する必要性に気づきました。
私は、難治性疾患になってしまった。
これは、私に原因があるのか?
原因は不明なのだからないだろう。
では、原因がないのであれば障害を受容しないといけない。
自分を受容した上で、対策しないと、未来へは進めない。
つまり、過去の経験や今ある道具や環境を正しく利用して情報を入手することは重要である。しかし、過去は過去として固定し、自分はこうなのだと自己受容するとともに、では今どう行動するべきなのか、そして今の行動が未来にどう影響を与えるのかということを考える必要がある。
と結論付けました。
ではどうすればその判断力と行動力が身につくのかを考え、以下のようにまとめてみました。
過去の自分
これは、休職すべきか悩んでいた際の記載です。
←過去(休職1ヶ月前):
眠気が強く、体調が悪い。仕事も日常生活もとりあえず時間が経過しているだけ、存在しているだけ。体調が悪くなり出したのは、人の顔色や地位を気にしてコミュニケーションを取らなかった自分のせい。しんどそうにしているのに、声もかけてくれない職場のせい。でも、仕事を休むことは自分の責任感が許さない。自分は悪くない、こんだけ頑張っているのに評価もされない。(自責・他責・自己肯定)
○今:(休職直前)
でも、体調が悪くなり出したのは他人でも自分のせいでもなく自分のSOSかも・・・。じゃあ、体調を治すことが先決じゃない?人の顔色窺って、ものも言えない、まず行動もできてない自分は、何のために生きているのか?生きることがしんどい。。(思考・分析・感想)
⇒未来:(来月どうなっていたいか)
体調良くしたい!
遊びにすらいけてないから出かけたい!
=そうなるためには仕事を休むしかない!(判断・行動)
整理して向き合うと当時も思いましたが、もう少し早く気づけばよかったと思ってます、笑
この整理の仕方や考え方のおかげで、結果として休職の必要性を判断し、実際に行動に移すことができました!
今の自分
ちなみにですが、今のことを書くと
←過去:
療養に専念するために、仕事をやめた(やや自責の念はあります)
○今:
noteを書いている。集中力が戻ってきた証。体調は、順調に快方に向かっていて、ライフが立ち直ってきた。ずっとうとうとしていたため、はっきりするようになった分、1日が長く感じられるようになった。睡眠時間は9時間とると、15時間は起きていられる。15時にコーヒー飲むとなお良い。
コントロール方法もつかめてきた!ただ、途中で起きてしまう日が続くと途中で仮眠が必要かな。仮眠は30分が上限、それ以上寝るとかえってしんどくなってしまうから注意。
→未来:
この調子やと、想定していたよりも早く社会復帰できるかも!
職場探し始めよう!
海外は無理でも国内なら旅行にも行けるかも!
見てわかるように、
文章量は、”今”を生きていれば、今の欄が多くなるはず
記述内容は、過去の行動が自分にとって良い方向に向いていれば、ネガティブな記述が減り、ポジティブな記述が増える。特に今と未来に含まれるようになっていくはずです。
私は、昨年までは、1日を乗り切るために生きていたと言っても過言ではないと思います。しかし、”今”の自分は思考し、判断し、行動できるようになりました。
その結果、今では、体調の良し悪しや自分で服薬タイミングを日毎に判断し、行動できるようになり、日中も作業さえしていれば基本的に寝落ちするようなことはなくなりました。また、自分にも何かできることはあると小さな自信と自身で判断して行動することへの怖さが減り、挑戦する、復職することへの勇気が湧いてきました。
”Nowte"
私は、このような実体験から、
どうすればもっと能動的に動ける人になれるのか?
また、同世代の人たちも同じような悩みや葛藤を持っているのではないか?
と考えるようになりました。
そして、
自分が考えたことは、一人一人に当てはめられるのではないか?
そしてそれは、「AIに取り憑かれた世代」にとっては特に重要なことではないか、と考えました。
その考えから、”今”の重要性と”note”をしていないと思いつかなかったことから「Now note」を略して「Nowte」として、紹介し、活用していただきたいと思いました!
先にいっておきますが、なんの根拠もございません!!!笑
しかし、この考え方、整理の仕方は重要だと考えています。
これは、単なる日記とは違います。
これは、その日あったことをメモするのではなく、「過去ー現在ー未来」を短時間で考え、判断し、行動に繋げるものです。
Nowteの意義と目標
Nowteの真の意義は、
「その時の自分が行動するきっかけ作りにすること」にあります!
【内容】
ポジティブでもネガティブでもどちらでもいいと思います。
整理することで心の余裕やゆとり、何をするべきかが明確になります。
ただ、経験上未来の部分だけはポジティブな内容の方がより心が楽になります。
【メリット】
Nowte活用の大きいメリットは3つあります。
①未来の今を考えた時に、過去の選択が良いものだったと実感し、行動したことが良かったと認めることができる点。
②落ち込んでいるときに前向きになる着火剤になる点。
③他人の悩み相談や正当な自己・他己評価を行う際にも適している点。
【乗り越える壁】
ただ、このシートを完成させるには、逃げている事柄や楽しんでいる自分を客観的に知ること(自己受容)、そして自分が今何をすべきかを「判断」する必要があります。
そのため、書きにくいことほど書くべき内容です。
そこに書かないとNowteは意味をなしません。
ただの「自己肯定勘違いノート」になってしまいます。
【目標】
「未来の今が楽しく、未来の未来がもっとワクワクするようなものになっていればいいと思えるようになり、それに向けて行動できるようになること」
大きな夢ではなく、できるだけ現実的に考えて書いてみてください。
Nowteの活用方法
実際には絶対的に書く必要はないと思いますが、書いておいた方が継続しているときに変化が視覚的にも分かりやすいと思います。
上記を踏まえ、活用方法をまとめてみました!
←過去:(1ヶ月前までの内容が現実的で、覚えている範囲がいいです)
「1ヶ月前の自分が何をしていたか(昨日でも1時間前でもOK)」
・詳細でもふわっとでもOK(ふわっとしていても継続するの詳細になる)
・失敗でも成功でもなんでもOK
・思い出し振り返ることが必要
・愚痴や本音の暴露場所
○今:(客観的に現在進行していることを書きます:思考・分析・感想)
「今何をしているのかを客観的に書くことが肝心」
・そこから今の気分や状態、過去の内容を読んで考えた内容
・主観的な気持ちを書いてもOK
・後回しにしていることや
・その日の必要なタスク
・もちろん、趣味や遊びでもOK
(↪︎特に、仕事や勉強を休日まで引っ張ってしまう方は有効です)
⇒未来:(どうなっていたいか?)=どうするべきか(判断・行動)
「〜たい、〜できるかもなど手の届きそうな内容がメインでわりと端的」
・明日出かけたい
・提出期限に期限に間に合わせたい
・仕事が頑張れる
・この人と付き合いたい!笑
・これなら達成できそう
=そうなるために、今何すべきか?
「勉強する、全力で楽しむ、一緒にいる相手を楽しませる」など
(もう一度今に戻る感じです。考えたその時が今ですから。)
このような形で大まかに内容はまとめてみましたが、
私は、「Nowteには正解はない」と思っています。
自分で書く内容や考えたい内容を決めて、是非自分だけの「Nowte」を作っていっていただきたいです。
あまり考えずに思ったことを書き進めてください。
そして、同じ事柄で立ち止まった時に、振り返り、また書いてください。
何度でも言いますが、
重要なのは、「その時の自分が行動するきっかけ作りにすること」
Nowteは「思考→判断→行動」に結びつける癖をつける練習だと思ってください!
そして、これを癖にできれば、
未来を想定しやすくなり、
今自分が何をしなければならないかを判断できるようになり、
今がもっともっと充実し、楽しめるようになると思います。
そして、気づいた時には、「Nowte」の必要性がなくなっているといいなと考えています。
さいごに
皆様へ、そして何より自分自身へ
冒頭でも言いましたが、この世の中は便利すぎて、その業界で有名な人や、華々しい経歴をお持ちの方ばかりの意見がたくさん知れます。情報は時として武器となりますが、収集や統合解釈を怠れば、一人の意見しか入手しないでしょう。また、情報を収集することも立派な行動ですが、それを活かすも殺すのも判断が必要です。
しかし、できるだけ速くかつ、より良い結果や結論を出すことが当たり前になりつつあるのも事実であると思います。
また、さらに文明の進歩とともに、常に何事も速くなっていっています。
皆さんは、
泥臭く地道に進むこと、遠回りすることが恐ろしく感じていませんか?
結果を速く出すことにかなり焦っていませんか?
問題がすぐに解決できなければ、すぐに諦めていませんか?
常に最短距離で進もうとしていませんか?
私は、このままでは、親・次世代を担うどころか、
・人生の選択を誰かにしてもらい、失敗しても他責にしてしまう
・「生きていること」への価値や意味を見出せなくなる
・将来を不安がり、挑戦できなくなる
・受動的で、クリエイティブな発想が出なくなる
と不安感とともに、危機感も抱いています。
なぜなら、
「判断し、行動すること=人生を選択すること」
であると、実体験からも身をもって実感しているからです。
そのためにも、”今” ”この瞬間”を意識して過ごす必要があると考えます。
皆さんも1分程度で考えられると思いますので、立ち止まって、手を止めて自分の頭で「Nowte」を埋めてみてください。
しんどいことや今日あった嫌なことは全て過去、「考え、行動したその時があなたの今になる」と思っています。
周囲が変わるのを待つのではなく、自分で自分を変えていきましょう!
社会に出てまだ数年しか経っていない、なんの経歴もない「私」より
ここまでお読みいただいた方、実際に頭の中でも実践してくださった方ありがとうございます。そして何より、若い世代の考えのほんのひとつまみであると思いますが知っていただき、ありがとうございます。
コピペ用でコメント欄に添付しておきます。
是非、皆さんの”今”を教えてください🌱
