【短編小説】彼岸花の精 ― 赤門に散る恋
――吉原の夜は、いつも紅い。
行灯の明かりが石畳に映り、彼女の袖口まで赤く染める。
幼くしてここに売られ、名も知らぬ花の名を与えられて、女郎として生きてきた。
朝に起きて湯を浴び、髪を結い、華やかな着物に袖を通す。灯りの下で笑い、歌い、男たちをもてなし、やがてひとりきりで涙を拭う。
そんな日々の中、ただ一人、心を許した相手がいた。町場の若い職人で、彼は障子越しに差し出した手の温もりで、彼女の胸の奥の氷を溶かしてくれた。
「いつか、必ずここから連れ出す」
彼が笑うとき、必ず袖の中で彼女の指を握り返した。その強い手の感触だけが、暗い日々を照らす灯りだった。
夢のような約束を信じる自分を、時には情けないとも思った。それでも、逢瀬の短い時間があるからこそ、長い夜を耐えられた。
秋が深まるにつれて、彼女の頬は少しずつ痩せていく。行灯の下に、赤い彼岸花が一輪活けられていた。誰が活けたのかもわからない花が、ふと胸を刺した。
秋の風が冷たくなったある夜、ついに彼が来た。
「今夜、行こう」
彼の手は、いつものように袖の中でなく、あからさまに彼女の手をしっかりと握った。
駆け出す二人。夜風に、赤い彼岸花が揺れる。
大門――赤門の灯籠が、二人を見下ろしていた。
あと数歩というところで、捕り方の手が二人を押しとどめる。
怒号とともに灯りが揺れ、男の体が引きはがされる。
振り返った彼女の目に、真紅の花弁が舞った。
――そして闇。
次に目を開けたとき、彼女はもう人ではなかった。
深紅の髪、金の瞳、風に揺れる花弁の裾。
吉原の外れ、橋の袂に咲く彼岸花の中に佇み、誰にも気づかれないまま、人の哀しい愛を見届ける存在となっていた。
今も、遠くから逢瀬に向かう男女の影が見える。
彼女はそっと花弁を散らし、紅い風を吹かせる。
> 「燃えるほどに想うても、渡れぬ川がありんすえ」
自分自身に言い聞かせるように、静かに微笑んだ。
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