🌸第4話「怒りと悲しみの百合が咲く」
潮風に混じって、油と錆の匂いが鼻をつく。
夜の湾岸、工場裏手にある廃倉庫の奥。壁や床には汚れた水が溜まり、黒と白の花弁のような光がひらひら漂っている。
私は気がつくと倉庫の中央に立っていた。
黒髪の少年に腕を掴まれている。
少年は力を込めているようには思えなかったが、なぜか振り解けなかった。
達也の声が遠くで聞こえたが、この場所を探しているのか、姿は見えない。
黒髪の少年が低く言う。
「お前の父親に伝えろ。公害を止めなければ、俺たちがこの街を浄化する」
その瞳は怒りに燃え、手のひらには黒い花弁が集まり渦を巻いている。
銀白の少年が一歩前に出た。
「兄さん、違うやり方があるかもしれない。この子に協力をお願いできないか?」
淡い灰色の瞳が、真っすぐ私を見ている。哀しみと理性が宿った光。
胸の奥が、なぜか少し痛んだ。

恐怖の中で私は息をのみ、勇気を振り絞って言った。
「私だって……何も知らなかった。あなたたちのことを、知りたい」
黒髪の少年の眉がわずかに動いた。
怒りの渦の奥で、彼自身にも説明のつかないざわめきが生まれているように見えた。
銀白の少年は小さく頷き、そっと手を伸ばして私の腕を支えた。
黒髪の少年も思わず肩に手をかける。
ほんの一瞬、三人の視線が交わり、胸の奥に言葉にならない感覚が走った。
その時、銀白の少年が胸を押さえて苦しそうに俯いた。
「白百合!?」
黒髪の少年が気遣う。
顔色が悪く、呼吸が荒い。
「行くぞ」と低く言い、二人の姿は風のように消えた。
私の手のひらには、黒と白の花弁が一枚ずつ残っていた。
胸の奥に祖母の家で読んだ和歌が蘇り、遠い昔の姫の姿が一瞬フラッシュして消えた。
