【短編小説】リカとわたしと、臭豆腐。
夜店から香る臭豆腐の臭いで、
吐きそうになった。
台湾は好きだ。
けれど、臭豆腐は好きになれない。
癖のあり過ぎる臭い、
遠くからでも存在感を放ちすぎている。
それは、
韓国におけるキムチ、
スウェーデンにおけるニシンの缶詰、
日本における納豆だ。
◆
台湾が好きで、何度か訪れている。
初回は驚いた。
昔の日本の風景のように感じたからだ。
古びたアパート、バイクの渋滞。
喧騒に慣れなくて、早く帰りたいなんて思っていた。
けれど訪れるたびに、
新しい顔を見せてくる、不思議な国だ。
◆
リカと、ふたりで歩き回った。
中学からの幼なじみ。
彼女の機動力のお陰で、人生が倍くらいに豊かになっている。
オーストラリアで、スカイダイビングしたり、
イタリアでローマの休日したり。
「アヤちゃま」
リカはわたしをそう呼ぶ。
変わってるなぁ〜って思うけれど、
その変わってる部分が心地いいのだ。
◆
台北の街中で、足つぼマッサージを受けた。
「いたい、いたいいたい!」
リカは足つぼに極端に弱い子で、
涙目で悶えていた。
わたしには、心地よい強さなんだけど。
「She's like a rabbit」
マッサージ師さんがカタコトの英語で言い、
両手で耳をピコピコさせる仕草をしてから、
泣き真似をしてみせた。
「Exactly!」
あたしはマッサージ師さんと笑った。
リカの瞳は真っ赤だった。
◆
台湾風かき氷を食べて、お腹を冷やした。
小籠包の溢れる肉汁を堪能した。
タピオカミルクティー片手に、
歩いてマッサージして、また歩く。
お土産にはパイナップルケーキ。
何かをする度に写真を撮って、
ストレージがいっぱいになっていく。
笑い声も一緒に保存して。
◆
「ねぇ、アヤちゃま。
あたし、来月からスウェーデン行くの」
夜市の一角で、牛肉麺を啜りながら、
リカが言った。
「旅行?」
「ううん、留学」
夜店で買ったビールが、生温く喉を通り過ぎる。
「20代も後半になって、仕事も辞めて、
これでいいのかなって迷うけど。
でも、今やってみないと、
死ぬ前に後悔するかなって」
「うん」
ビールの後味が喉に残っている。
けれど、それは苦味じゃなかった。
「遊びに来てね」
「うん、必ず行くし、リカらしいと思う」
わたしは重ねて言った。
夜市には、夜の風が吹いている。
◆
リカは、夜店のひとつを指さした。
「だから、臭豆腐食べよう!」
白地に赤い文字、『臭豆腐』の看板が踊っている。
「え〜、どういう繋がりよ、それ」
「いいから!」
恐る恐る夜店に近づき、
ふたりで揚げ臭豆腐を注文した。
うぅ、この臭い……。強烈だ。
「せーの!でね」
ぱくり。
サクサク、トロリ。
口の中に豆腐のとろみが広がる。
うっ、酸っぱいエグみ。
……………………。
……まぁ、食べられなくはない。
大好き、とまではいかないけれど。
「ふふっ」
リカとわたしは顔を見合せて笑った。
臭豆腐の一枚が、アルバムに刻まれる。
◆
台湾を訪れる度、アルバムが開く。
リカとわたし。そして臭豆腐。
腐った豆腐の匂いは、
今ではあの頃の匂いだ。
了

◆シロクマ文芸部
◆夜店から
