【短編小説】クリスマスローズの街角で(誠司視点)
街はクリスマスを待つ光に包まれていた。
オフィス街のカフェの窓越しに、行き交う人々が赤や緑の紙袋を抱えて歩いている。
僕は28歳、仕事も自由も金もそれなりに持っている。
ただ、心の奥に空白を抱えたまま、ずっとひとりでやってきた。
向かいに座るのは仕事相手の女性。
彼女の名は麻衣。高校時代、僕が初めて本気になった人だ。
目の前で微笑む彼女は、あの頃よりも大人びて、落ち着いた服を着こなしている。
右手の薬指には細いリングが光り、話の端々から、婚約者がいることが伝わってきた。
けれどその笑顔はどこか疲れていて、相手に大切にされていないのが見えてしまう。
打ち合わせを終え、ビルを出る。
都会の冷たい風に白い吐息が散る。
そのとき、街角の小さな花屋の前で立ち止まった。
店先に並ぶ白い花──クリスマスローズ。
「よう、久しぶりじゃん」
突然、背後から声がした。
振り向くと、白いコートを着た青年が花束を抱えて立っていた。
髪に雪のような白い花びらが混じり、瞳は深い緑に光っている。
どこか懐かしい、けれど現実感がない。
「……誰?」
「誰でもいいだろ。寒い中ぼーっと立ってたら風邪ひくぜ」

彼は花束を軽く持ち上げて見せた。
「この花、冬の下でこっそり力を蓄えて、春にまた咲くんだ。お前もさ、そろそろ本気出せよ」
友人に言われたみたいな軽い口調に、思わず笑ってしまう。
「何で知ってるんだよ、俺のこと」
「顔に書いてある。昔の女に会ったんだろ。右手薬指に指輪つけてたな」
僕は息をのんだ。
それから何度か、彼と街角で会うようになった。
深夜のコンビニ前、教会の前の広場──いつも白い花を手にしていた。
「お前、高校の時もさ、好きなくせに何も言えなかっただろ」
「……うるさいな」
「うるさいじゃねえよ。あのとき言えなかったこと、今なら言えるだろ」
彼は多くを語らず、ただ友達のように背中を押した。
その声に導かれるように、心の奥に封じていた高校時代の記憶が蘇る。
――体育祭のあと、校庭の隅で麻衣が泣いていたあの午後。
僕は何もできずにただ見ているだけだった。
その悔しさが、胸の奥でずっと燻っていた。
そして今、都会の真ん中にある小さな教会の前。
イルミネーションの光と讃美歌が夜空に響く。
階段を下りてきた麻衣が立ち止まり、僕を見た。
彼女の瞳に、一瞬だけ高校時代の面影がよぎる。
「君を幸せにしたい」
自分でも驚くほど静かな声が出た。
胸の奥からあふれた言葉は、冷たい空気の中で白く光り、彼女の頬を赤く染めた。
ふと横を見ると、あの白い青年の姿はもうない。
ただ足元に一輪、白いクリスマスローズが落ちている。
拾い上げると、指先に温もりが残っていた。
教会の鐘が鳴る。
僕と麻衣の間に、もう高校時代の沈黙はなかった。
冬の夜空に、白い花の香りが静かに漂っていた。
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