🌸第3話「湾岸の邂逅」
東京湾岸の空は、夕方なのにどこか鈍く濁っていた。
かつて潮風が気持ちよかったはずのこの場所も、今は油膜のような匂いが混じっている。
テレビでは毎日のように「花霞グループ公害問題」の映像が流れ、住民説明会のニュースがSNSのタイムラインを埋めていた。
私は父が視察している花霞化学工場の前で待っていた。
花霞財閥の娘として、この現実から目をそらせないと思いながらも、胸の奥が妙にざわついている。
——あの和歌、あの花びら。何かが近づいてくる気がする。
「心ここに在らず、だな」
一緒に行く、と言って付いてきた幼なじみのクラスメイト達也が立っていた。
「……ちょっとね」
私は苦笑いしながらスマホを閉じる。画面にはまた公害の記事が流れていた。
「親父さんに、直接聞くつもりなんだろ?」
「うん……対応、ちゃんと知っておきたいから」
そのとき、風が変わった。
海辺に立つ防波堤の向こう、夕陽の逆光に二人の少年が現れた。
黒い髪に赤い瞳の少年と、銀白の髪に淡い灰色の瞳の少年。
十二歳くらいの姿なのに、その瞳は大人びて、空気が揺らめいている。
彼らの周りに黒と白の百合の花弁のような光が舞い、波の音がざわめいた。
黒髪の少年が一歩前に出て、鋭く私を見つめる。
「……お前、花霞の血か」
白い少年は哀しそうな目で黒髪の少年の腕をそっと押さえたが、何も言わない。
達也が一歩前に出て「誰だ、君たち?」と声を上げたが、二人は取り合わなかった。
「来てもらうぞ」
黒髪の少年の声は低く、海風に混じって耳に届いた。
私は思わず後ずさる。胸の鼓動が速くなる。
白い少年が小さく息を吸い、兄の視線から目をそらした。
強い風が吹き、黒と白の花弁が宙に舞い上がる。
工場のサイレン音が遠くで鳴った。
私はその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。

