🌸外伝④「御曹司の焦り」
ハッキリ言おう。
俺は、焦っている。
いや、いつもみたいに余裕ある態度を取ってるつもりなんだが……莉奈と会うと全部崩れる。
彼女の仕草、ふとした笑み、何気ない一言。
心臓がバカみたいに騒ぎ出して、こっちが戸惑う。
「……落ち着け、俺」
そう呟いても、無駄だ。
カフェに行く前のことだ。駅前で待ち合わせていたら、先に莉奈が目に入った。
――今日は眼鏡を外していた。どうやら用事があってコンタクトらしい。
……やばい。思わず立ち止まった。
普段から可愛いのは知ってるけど、眼鏡を外した素顔は、とんでもなく綺麗なんだ。
これだから無自覚な美人は困る。
案の定、通りすがりの男が声をかけていた。
内心カッと熱くなりながら、俺は颯爽と歩み寄る。
「ごめん、待たせたかな?」
軽く笑って割って入ると、男は舌打ちして去っていった。
外から見れば余裕のある笑顔だったはずだ。
でも内心は……冗談じゃない。やきもきして仕方なかった。

最近、女の子に誘われても「悪い、今日は都合が悪い」と断る自分がいる。
前なら即OKだった。
なのに今は、頭に浮かぶのは――莉奈の顔ばかりだ。
本気になるってのは、こういうことか?
祖父や父が一途に嫁を愛したって話、笑えなくなってきた。
先日も、莉奈が「好きな作家なんです」と語っていた小説を、気づけば買って読んでいた。
ページをめくるたびに、彼女の声がよみがえる。
俺はどんだけ単純なんだ。
カフェで話しているとき、莉奈が眼鏡を外して本の感想を熱心に語った。
その横顔を見ながら――俺は悟った。
もう止められない。
軽口で誤魔化す俺が、唯一誤魔化せない相手。
この胸のざわつきを、どうするつもりなんだ。
「……やめてやるか。半端な俺を」
窓の外、秋の風が吹き抜けて、どこからか金木犀の香りが漂ってきた。
あの香りが背中を押している気がした。

