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【短編小説】金木犀の香り、彼の名前はまだ知らない(莉奈視点) #虹色創作部

放課後の図書館。
窓際の席に座り、いつものように本を開いた。
黒縁の眼鏡越しに活字を追うと、外から金木犀の香りがふわりと流れ込む。
秋になると、この香りが好きだ。
胸の奥にひとりでいる自分をそっと包んでくれる気がするから。

ページをめくろうとしたとき、ふと視界に制服の袖が映った。
見たことのない少年が窓辺に立っている。
制服のネクタイをゆるめ、柔らかな髪に金木犀の花びらが絡んで、夕日の中で光っていた。


「その本、好きなんだ」
突然、声をかけられ息が止まった。
誰? どうしてここに? この人、香りまで金木犀だ。
胸が締め付けられるような不思議な感覚に、言葉が出ない。

(他の子は誰も気づいていない?)
周りの席に目をやると、いつものように静かに勉強しているだけ。
誰も彼に気づかない。
私が話しかけると、彼だけがまっすぐ私に視線を向けている。

その日から、放課後の図書館に彼は現れるようになった。
「また会ったね」
「その本の続き、面白いよ」
誰にも見えない少年が、私にだけ笑いかけてくれる。
何度か会ううちに、彼の名が「香玖弥(かぐや)」だと知った。
金木犀の香りと共に現れ、誰も気づかないのに、なぜか私にだけは話しかけてくれる少年。
彼は私の孤独を嗅ぎつけ、心の奥に眠る憧れを引き出してしまう。

ある夕暮れ、香玖弥は私の顔をのぞき込み、囁いた。
「僕は人を好きになってはいけない存在なんだ」
息が詰まる。
「それでも、君に近づいてしまう」

頬が熱くなる。
(この人は誰?精霊?それとも夢?)
禁断の恋に足を踏み入れる感覚が怖いのに、胸が高鳴る。
窓から差し込む光が、彼の輪郭をゆらゆらと溶かしていく。

香玖弥の香りが一瞬強くなり、二人の距離が近づく。
窓の外の金木犀が揺れ、花びらが図書館の床に散る。
次の瞬間、香玖弥の姿は消えた。

ひとり残された図書館。
本を閉じた私の胸の奥には、甘く危うい香りが残っていた。
その日から、私は少しずつ周りの世界を怖れなくなっていく。
ページの隙間から覗く金木犀の花びらが、まだ私に語りかけている気がした。


あとがき

#虹色創作部さん
の企画に参加させて頂きました。

ちょうどお題が「月」か、「読書」でしたので、「読書」にちなんでこちらの作品を…✨

金木犀の香りとともに、危うい小さな恋を描きました。

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