🌸第8話「鎌倉の百合の谷にて」
街は、異変にざわめいていた。
ニュースの映像では、花霞化学工場の排水溝が粉々に砕け、汚泥が一気に溢れ出す様子が映し出されていた。
SNSのタイムラインも「花霞グループの闇」「環境破壊の報いだ」と騒然としている。
父は連日工場に詰めているようで、家に帰ってこない。
――これは、黒百合の仕業だ。
胸の奥に、そんな確信が芽生えていた。
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私は急いで荷物をまとめ、電車に飛び乗った。
向かう先は、秋庭さん――いや、莉奈が教えてくれた場所。鎌倉の山あいに、百合の群生する谷があるという。
かつて武士が馬を走らせた古道を抜け、緑の深い谷へと足を踏み入れる。
潮の匂いと、森の湿り気が混ざり合った空気が肺に広がった。
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百合の群生地に着くと、胸騒ぎが現実になる。
白い百合が風に揺れている中、その中央に二人の影が見えた。
黒髪に赤い瞳の少年――黒百合は、地に伏していた。
肩で息をし、額には大粒の汗。
その隣で、銀白の髪の少年――白百合が必死に介抱している。
「……どうしたの!?」
思わず駆け寄る私に、白百合は顔を上げ、苦しげに言った。
「力を使いすぎたんだ。兄の力は……自分を削る」
黒百合の睫毛が震え、かすれた声が洩れる。
「……人間の世界を……正したいのに……」
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私は、気づけばその手を取っていた。
本来なら、花の精と人間の間には触れることすらできないはず。
けれど、私の指先は彼の手の熱を確かに感じ取っていた。
その瞬間、耳元で小さな鈴の音が鳴るように、かすみ草の花びらがひとひら舞った。
暖かい風が谷を抜け、黒百合の荒い息が、すこしずつ落ち着いていく。
額の汗も消え、頬にわずかな血色が戻った。
白百合が息を呑み、私を見つめる。
「……君は、いったい……」
答えられないまま、私は黒百合の手を握り続けた。

