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🌸外伝⑤「御曹司の決意」

 海辺の会場に、波の音が響く。
 月明かりに照らされた水面と、シャンデリアの光が混じり合い、華やかな空気に包まれていた。

 今日は若手経営者の表彰パーティ。
 賞なんて興味はないけれど、晴れ舞台を一緒に感じくて、彼女を誘った。

 隣を歩く莉奈。
 黒髪をまとめ、眼鏡を外し紫の瞳を見せるドレス姿は、言葉を失うほど綺麗だった。

「……やばいな」
「え?」
「いや、あんまり見惚れると失礼だからな」
 軽口でごまかしながらも、心臓はもう落ち着かない。

 彼女の手を取って、堂々と会場に入る。
 途端にざわめきが走った。
「誰?」「遊馬の彼女?」――好奇の視線が突き刺さる。



 乾杯や挨拶の合間、何人もの客が俺に声を掛ける。
「ちょっと席を外すよ」
 莉奈に囁き、彼女をひとり残してしまった。



 その間に、女性客が近づいていた。
「遊馬と、どんなご関係?」
「……友人です」
「そう。遊馬は私たちと遊んできたの。あなたみたいな人、釣り合わない」

 言葉の刃に、莉奈は笑顔を作ろうとしたが、目が揺れていた。
 ――そして海辺へと歩き出す。



 嫌な予感がして、会場を抜け出した。
 月明かりの下、海風に揺れる黒髪の背中が見える。

「莉奈!」
 息を切らして駆け寄り、彼女の手を掴む。

 振り返った紫の瞳は、不安に揺れていた。

「……ごめん。ひとりにして」
「でも……やっぱり私じゃ、釣り合わない」

「違う」
 思わず遮った。

「俺が君に見惚れてるのに、釣り合わないわけないだろ」
「……え?」
「君が笑うと、俺は誰より幸せになるんだ。それ以上に大事なものなんて、ない」

 彼女の目が潤む。
 月明かりの下で、その横顔が震える。

「……私なんかでいいの?」
「“なんか”じゃない」
 今度は軽口じゃなく、真剣に言葉を置いた。

「君じゃなきゃ、だめなんだ」

 金木犀の香りが風に乗って漂う。
 まるで背中を押されるように。

 莉奈は、ためらいがちに、それでも確かに微笑んだ。
 俺はその手を強く握る。

 夜の静寂が、ふたりの距離をふわりと溶かした。
 ――その先は、月明かりだけが見ていた。





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