🌸外伝③「小説家の戸惑い」
あの日から、遊馬さんは妙にマメになった。
電話で「元気か?」と気軽に声をかけてきたり、仕事帰りに「偶然近くに来たんだ。送ろうか?」と連絡してきたり。偶然なはずがないのに。
――華やかすぎる人だ。
大企業の御曹司で、女性に困ったことなんて一度もないはず。
どうして私なんかに。
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カフェで待ち合わせると、遊馬さんは当たり前みたいに笑顔で手を振ってきた。
「やあ、また会えて嬉しいな。君と話すと退屈しない」
「……そんなこと言って、どなたにでも仰っているんでしょう?」
思わず皮肉めいた声が出てしまう。
遊馬さんは肩をすくめ、軽く笑った。
「まあ、そう思うよな。でも――君のことは特別だ」
不意に真剣な眼差しになった。
その温度差に胸がざわつく。
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小説の話になると、不思議と盛り上がった。
遊馬さんは読書家ではないけれど、話を聞くのが上手で、私の言葉を面白がって受け止めてくれる。
笑っているうちに、彼が遠い世界の人だという感覚が、ほんの少し薄れた気がした。
……だからこそ、怖い。
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帰り道。街灯に照らされる遊馬さんの横顔は、やけに整っていて、隣を歩くのが不釣り合いに思えて仕方ない。
「……もうやめてください」
気づけば、小さな声が漏れていた。
遊馬さんは立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「やめる? 俺が君を好きなのを?」
笑いながらも、その声は真剣だった。
「……残念だけど、本気をやめられるほど器用じゃないんだ」
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胸が痛い。
信じたい。けれど、信じて傷つくのが怖い。
足早に家へ向かいながら、耳の奥で彼の声が反響していた。
扉を閉めても鼓動は速いままで、鏡に映る自分が少し赤い顔をしている。
夜風がふと流れ込み、ほんのり甘い金木犀の香りを運んでくる。
――あの日。
精霊がそっと自分の背中を押してくれたことを思い出す。
その温もりが、遊馬さんの真剣な眼差しと重なった。
「……信じても、いいのかな」
小さくつぶやいた声は、夜の光に溶けていく。
戸惑いの奥に、まだ小さなけれど確かなときめきが芽吹いていた。

