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【短編小説】紫陽花練りきりと御曹司

商店街の一角にある老舗和菓子屋「花ことば」。
夏祭り限定の新作「紫陽花練りきり」を仕込みながら、真緒は手元の寒天を撫でるように整えていた。
隣で餡を練るのは店の跡取り息子・蓮司。学校では同じクラス、ここではバイト仲間。
彼のツンツンした物言いに、真緒は今日も胸をざわつかせていた。

「そこの寒天、多い」
蓮司が淡々と指摘する。
「ごめん」
叱られると胸の奥がチクリとする。でも同じくらい、もっと話したいとも思う。
(いつも素っ気ないのに、たまに見せる笑顔が好き。もっと知りたいのに…)

そのとき、店先に現れた常連の男子大学生が「ここの練りきり、また食べに来たよ」と真緒に笑顔で話しかけてきた。
真緒が「ありがとうございます」とにっこり返すと、奥から蓮司の低い声が飛んだ。
「手、止まってるぞ」
「ちょっと返事しただけじゃん…」真緒は思わず頬を膨らませる。
蓮司は顔を背けて餡を練りながら、声のトーンだけがいつもより低かった。
(またツンツンしてる…何なの、今日)

数分後、今度は仕入れの配達員が「真緒ちゃん、この前の祭りどうだった?」と軽く世間話を振ってきた。
真緒が「楽しかったです」と笑顔で答えると、蓮司が割って入った。
「荷物そこに置いて。真緒、仕込み戻れ」
「そんな言い方しなくても…」真緒は心の中でため息をつく。
(どうしてこんなに棘があるんだろう…)

そのとき、台の上の「紫陽花練りきり」がふわりと光った。
紫と青の雫のような光の粒が浮かび、小さな声が真緒の耳元で笑う。
(……本音を咲かせる、紫陽花の精……?)

蓮司の肩に、ひとしずくの光が落ちた。
彼の口が、勝手に動き始めた。

「……俺、そんなに怒ってるわけじゃない」
「え?」真緒は手を止めて彼を見る。
「君が他の男と話してるの見ると、胸が苦しくなる。ずっと、ずっと好きでたまらないんだ」

真緒の心臓が跳ねた。
(今、何て言った?わたしのこと…好き?しかも、ずっと?)
頬が熱くなる。何か夢を見ているみたいで、声が出ない。

「朝から晩まで君のこと考えて、今日だって本当は手をつなぎたいとか思ってるし…」
蓮司は顔を真っ赤にしながらも止まらない。
真緒は息を呑んだ。
(これが本音?本当に?彼がこんなこと言うなんて想像したこともなかった)

紫陽花練りきりの光がすっと消えた。
台の上には、先ほどまで崩れていた菓子が、見事な紫陽花の形に整っている。

「い、今のはその……違う、いや違わないけど……忘れて」
蓮司は耳まで赤くして背を向けた。
真緒は胸いっぱいで小さく笑う。
(忘れられるわけ、ないじゃない)

その夜、夏祭りの屋台に並んだのは、朝露のように光る「紫陽花練りきり」だった。
蓮司が「これは君のために作った」と小声で渡すと、真緒は笑顔で「いただきます」と返した。
提灯の明かりに、二人の横顔が淡く照らされた。

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