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筋肉が全て、ということにしておこう|結婚の挨拶へ向かう空港で出会った一冊

今年の7月。

私は真夏の伊丹空港に、スーツ姿で立っていた。

これから鹿児島へ向かう。
妻の実家へ、結婚の承諾をもらいに行くために。

妻は一足先に帰っていた。
前日はお義母さんとライブへ行ったらしい。

出発する前、二人から言われた。

「Tシャツでいいよ」
「もうタンクトップで筋肉アピールしたら?」

私が必要以上にかしこまっているのを分かっていたのだと思う。

それでも、スーツを着た。

誰かに「結婚の挨拶はスーツがマナーだ」と言われたからではない。

私が、そうしたかった。

頭の中では、挨拶を練習していた。

「本日は娘さんとの結婚を認めていただきたく、お伺いしました」

「人生をかけて幸せにしますので、二人の結婚を認めていただけますでしょうか」

何度も繰り返した。
あとは言うだけだった。

結論から言うと、一つも使わなかった。


妻より先に、この本と結婚した

緊張していたからなのか、飛行機の時間よりかなり早く伊丹空港に着いた。

2階のカフェでお茶でも飲もうと思い、エスカレーターを上がると、すぐ左に本屋があった。

もともと本を読むのは好きだ。
時間もあるし、ちょっと覗くか。

店頭のおすすめコーナーを見る。

最初に目に入ったのは、筋肉。

近づいてタイトルを見る。

『筋肉が全て──健康・不老・メンタル、人生のすべてが変わる唯一の方法』

もう買うしかなかった。

試し読みはしていない。
レビューも見ていない。
目次すら確認していない。

タイトルだけで本を手に取り、そのままレジへ向かった。

これから妻の実家へ挨拶に行くというのに。

妻より先に、この本と結婚した。

カフェで読み始めた。
そのまま飛行機にも持ち込んだ。

離陸前、機体がガタガタと揺れている。

もう一度くらい、挨拶の言葉を確認してもよかったはずだ。

それなのに、私は一人で『筋肉が全て』を読んでいた。


「筋肉が全て」のわりに、筋肉を盛らない

タイトルだけを見て買ったので、もっと自己啓発寄りの本を想像した。

自信がつく。
人生が変わる。
筋肉は裏切らない。

そういう、いかにも私が食いつきそうな。

実際は、かなり違った。

著者は医師で、筋肉を医学や科学の側から捉えている。

読み始めてすぐ、筋肉を増やすことで基礎代謝は上がるものの、それは主要なメリットというより、おまけに近い、と書かれていた。

筋肉を増やせば基礎代謝が上がる。
だから痩せやすくなる。

SNSでも、よく見る話だ。

ただ、その効果がやたら持ち上げられることもある。

『筋肉が全て』という強いタイトルなのに、内容は驚くほど地に足がついていた。

私には、それだけで続きを読む理由になった。

読み進めるうちに、今度は私の方が釘を刺される。

私はこれまで、人にダイエットの話をするとき、「結局、体重が増えるか減るかはカロリー収支ですよ」と何度も言ってきた。

今でも、それ自体が間違っているとは思っていない。

ただ、この本を読んでいると、身体をそれだけで考えるのは単純すぎると思わされた。

食べたエネルギーが、身体の中でどう使われるのか。どの組織が、どう働くのか。

私は原理原則を説明しているつもりで、身体をずいぶん簡単に見ていた。

筋トレは長く続けている。
論文を読むこともある。

それでも、「マイオカイン」という言葉は、この本で初めて知った。

人よりは知っているつもりだった。

いつの間にか私は、自分の知識の上で、あぐらをかいていたのかもしれない。

一方で、トレーニングや食事の具体的な話に入ると、知っている内容も増えてきた。

目新しい魔法が書かれているわけではない。
だから、一度本を閉じた。

このときは、まだ最後まで読んでいなかった。


今日じゃないんかい

そんな状態で、私は鹿児島へ着いた。
頭には、結婚の挨拶を詰め込んだまま。

ところが、着いてから言われた。

「挨拶は明日だよ」

いや、今日じゃないんかい。
真夏にスーツまで着てきたのに。

挨拶は翌日に持ち越しになった。

ひとまずホテルにチェックインして、スーツを脱ぎ、タンクトップに着替えた。

その日は妻とお義母さんと、その格好で鹿児島のおいしいものを食べて回った。

結局、二人の言う通りになった。

そして翌日。
今度こそ、本番だった。

妻の実家へ行き、リビングのドアを開けた。

お義父さんは、もう座っていた。
会うのは初めてだった。

妻と目がよく似ている。
聞いていた通り、口数の少ない人だった。

私も席につき、正座した。
すると、「気を使わなくていいよ」と言われた。

お言葉に甘えて、脚を崩す。

ただ、脚を鍛えすぎた人間にとって、あぐらは別に楽ではない。

食事が始まった。

義理の弟が場を盛り上げ、お義母さんと妻は昔の話をしている。

お義父さんも、口数こそ多くないものの、会話には加わっていた。

思っていたより、ずっと和やかな食卓だった。

テレビではバレーボールが流れている。
誰かが熱心に見ているわけでもない。

仕事はどうだ。
娘のどこが好きなんだ。
本当に幸せにできるのか。

そんな質問を、私は勝手に想像していた。
しかし、何も聞かれなかった。

今か。
いや、まだか。

私だけが、ずっとタイミングをうかがっていた。

そうこうしているうちに、食事が終わった。


これ書けばええんか

お義父さんが、横の棚に置いてあった婚姻届を手に取った。

「これ書けばええんか」

私が何度も練習した言葉より先に、話が進んだ。

お義母さんと義理の弟も加わって、あーでもないこーでもないと話しながら書いていく。

一枚目を書き損じたのは、お義父さんだった。

本人は「酔っ払ってるから」と笑っている。義理の弟は、こんな大事なものなのに、と呆れていた。

予備の婚姻届が出てきた。

私はいつの間にか、正座に戻っていた。結婚の承諾をもらいに来た本人が、一番何もしていない。

「人生をかけて幸せにします」は、最後まで出てこなかった。

婚姻届を書き終え、みんなで写真を撮った。

そのあと、お義父さんはトイレへ行った。
戻ってきたところで、私は頭を下げた。

「認めていただき、ありがとうございます」

これは練習していた言葉ではなかった。

もう一度、「正式に結婚の挨拶をさせてください」とお願いすることもできた。

でも、しなかった。

そこでもう一度こちらの段取りに戻すのは、なんとなく違う気がした。

お義父さんは、「こちらこそ、よろしくお願いします」とだけ言い、そのまま寝室へ行った。

あとで妻が言った。

「あんな楽しそうに話してるお父さん、久しぶりに見たよ」


その日は、全部横に置いた

その日の食卓には、鶏や魚がたくさん並んでいた。

筋トレをしている私を気遣って、お義母さんが用意してくれたものだった。

鹿児島らしく、鶏刺しもあった。

私は以前、大阪で一度カンピロバクターにやられている。

それでも食べた。

当時の私は減量中だった。
普段なら、食べる量を考える。

カロリーも見るし、酒も控える。
翌朝の体重も気にする。

でも、その日はそんなことを考えなかった。

遠慮なく料理を食べ、酒も飲んだ。
翌日は、しっかり二日酔いになった。

別に、『筋肉が全て』を読んだからそうしたわけではない。

この本に出会っていなくても、私は同じように食べて、同じように飲んでいたと思う。

あの場では、そうしたかった。


一か月後、もう一度開いた

一度閉じた本は、そのまま本棚には戻さなかった。

タイトルはずっと気に入っていたから、表紙の『筋肉が全て』が見えるように、パソコンの横へ立てかけていた。

読むためというより、もはやインテリアだった。

それから約一か月。
noteで「#読書感想文」の企画を知った。

何を書こうか考える。
パソコンの横には、『筋肉が全て』が立っている。

もう一度、開く。

読み進めていくと、終盤では、筋肉や栄養について知ることだけではなく、その知識を生かした健康な身体で人生を楽しみ、家族や周囲の人と関わっていくことへ話が広がっていく。

そこまで読んだとき、まず浮かんだのは、あの食卓だった。

お義母さんが用意してくれた料理を、これから家族になる人たちと囲んでいた。

私は筋肉のために生きているわけではない。

でも、こういう時間を、これからも元気な身体で迎えたいとは思う。


人生の分岐点

そして終盤には、読者がいま人生の分岐点に立っている、とする一節が出てきた。

その言葉を読んだ頃には、私はもう鹿児島から帰っていた。

人生の分岐点は、とっくに通り過ぎていたのかもしれない。

家族になる人たちとご飯を食べた。
お義父さんとも、少しだけ近づけた。

婚姻届には、ちゃんと二人の名前が並んだ。

結果だけ見れば、全部うまくいった。

筋肉が全てを解決してくれた。
ということにしておこう。


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