母の世界では悪役。私の世界では、もう二度と会えない大切な人
カウンセリングを受け続けて3年目
カウンセラーを目指している
小芝 凛です
いつもお読み下さってる方も
はじめましての方も
私の記事に辿り着いて下さり
ありがとうございます
本日は、のぞみんさんのこちらの企画に
参加します
「教えて!おじいちゃん、おばあちゃんのこと。」
少し複雑な家庭の話になりますが、今の私の気持ちを正直に書こうと思います。
おじいちゃんとおばあちゃんとの思い出は中学生まで。
同居していた父方の祖父母とのことを思い出します。
今回、のぞみんさんのこの企画で、
私は久し振りにおじいちゃん、
おばあちゃんの事を思い出し、涙が溢れました
私の祖父母は、既に他界しています。
おじいちゃんの葬儀には、参列はしていますが、
おばあちゃんが亡くなった事は、随分と後に
知りました。
私の父と親族の間には深い確執があり、
父自身も弟と絶縁状態にありました。
また、母と祖母の折り合いも非常に悪く
父が親族から孤立しているような状態でした。
唯一の繋がりであった父は、
祖母よりも先に他界しています。
父の葬儀に祖母は高齢のため参列できず
父が亡くなったことで
私と祖母との縁は完全に切れてしまいました。
そのような断絶があったため
後に祖母が亡くなった際も私に
知らされることはありませんでした。
お葬式に行くことも
仏壇にお線香を供えることも叶わず
今は時々、心の中で手を合わせています。
本当は、おばあちゃんに会いたかった。
気兼ねなくおばあちゃんと暮らした
家に遊びに行きたかった。
それでも
父が健在だった頃は、おばあちゃんに
会いに帰省した時は行けました。
ひ孫を見せる事もできました。
でも、父が亡くなってからは、
もうそれは叶う事はありませんでした。
母にとっての祖母(義母)は、嫌な人
私にとっての祖母は、大好きなおばあちゃん
大人になっても
母に遠慮しておばあちゃんに会い
たいとは言えませんでした
母の口からは、
祖母や父の家族に対する悪口が溢れ出ていました。
幼い頃からそうでした。
大好きなおばあちゃんや叔父、
叔母を嫌う母との間で
私は本当の気持ちを口に出すことはできませんでした。
父が亡くなった時、母が放った言葉が今も心の奥にあります。
祖母のことを酷く言いました。
息子を亡くした祖母の悲しみを嘲笑うような母の姿を見て
私は心底がっかりしました。
そりゃあ、泣くよ。 悲しいよ。 辛いよ。 会いたいよ。
自分の息子が、自分より先に亡くなったんだよ。
悲しくない親がどこにいるのか、ということです。
当時はただただ、
「そんなこと言わないでほしい」「聞きたくない」
という怒りでいっぱいでした。
その怒りの奥底には、深い悲しみがあったのだと
最近になってようやく気づく事ができました。
父が亡くなる前
意識が朦朧としている中で叫んだ言葉は
「おかあちゃん!(祖母のこと)」でした。
この言葉も、母しか聞いていません。
母は、父が最期に発したその言葉さえも馬鹿にしていました。
父がどれだけ祖母を大切に想っていたのかと考えた時
私は胸が痛みました。
母も悪態はついていましたが
その奥には、母なりの悲しみや後悔があったのかもしれません。
前置きが長くなりましたが、そんな複雑な環境の中でも
私の中に残っているのは温かい光のような思い出です。
おじいちゃんは、右手の親指を事故で失くしていました。
なので、食事はいつもフォークを使っていました。
晩酌をしながらフォークでおかずを食べる姿や
大好きだった「水戸黄門」を一緒に見たことを覚えています。
水戸黄門は、いつしか私にとっても大好きな時代劇の1つです。
あの「人生楽ありゃ苦もあるさ〜」という歌を聞くと、
今でも当時の情景を思い出します。
おじいちゃんはいつもニコニコしていて
叱られたことは一度もありませんでした。
小さい頃は一緒にお風呂に入ったり
小学校に入るまでは祖父母と姉と私の4人で
布団を並べて寝ていました。
父や母と過ごすよりも、
祖父母と過ごす時間の方が長かったのです。
おばあちゃんは、毎朝4時に起きていました。
朝早くから台所に立つおばあちゃん
お昼ご飯やおやつの「塩おにぎり」が大好きでした。
おばあちゃんの握るおにぎりは、絶妙な塩加減で、
とっても美味しかった。
そして、そのおにぎりと同じくらい大好きだったのが、
おばあちゃん手作りの「すっぱいたくあん」です。
今はもう食べることはできないけれど
私の舌はあの味をしっかりと覚えています。
自分で作ってみても、
どうしてもおばあちゃんの味を再現することはできません。
あの絶妙な塩加減は、
おばあちゃんの手からしか生まれない
特別なものだったのだと感じます。
おばあちゃんは、瓶の牛乳を定期配達で取っていて
毎日飲んでいました。
私は牛乳が苦手だったけれど
(今でも飲めません)
おばあちゃんが作ってくれる
「牛乳コーヒー」だけは大好きでした。
今思えば、私がカフェオレ好きなのは、
ここが原点だったのかもしれません。
今まで全く気付いていなかったけれど、
ふと思い出して「もしかして」と胸が熱くなっています。
親族間の確執もあり、
今でもお墓参りに行ったり
仏壇の前で手を合わせたりすることはできません。
けれど、ふとした瞬間に心の中で
おじいちゃんとおばあちゃんのことを想う日があります。
今回、のぞみんさんのこの企画に参加したことで
蓋をしていた祖父母との思い出が鮮やかに蘇り
胸が熱くなりました。
素敵なきっかけをくださったのぞみんさん、
本当にありがとうございました。

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