できない から しないという選択
やっほー、リナです。
中学生ぶりの摂食障害。その間も完治はしていなかったけどこんなに酷くなったのはあの時ぶり。
あの頃の私、元気ー?あのころの方が元気だった感覚がある。
あの時は心療内科の薬を飲んでいたからまだ動けたのか、
それとも中学生の体力があったからなのか、
あまり記憶はないけど、朝まで食パンを食べ、吐いて、睡眠薬で眠る、
もはや眠剤を飲みながら食べていたのかもしれない
その後はお酒飲んでどっちにしろ気持ち悪くなるのでコンビニ寄って
華麗に食べて華麗に吐く、そして寝る、みたいなことが多かった
今いちばん問題なのは、食に興味がない、こと。
これは新しい発見なんだ。
今までは甘い飲み物、白米、食べない、とかやっててその反動で食べロー!
ってなっていた
その後ヨガだったり筋トレだったりしていくうちにPFCの大切さに気づき、
タンパク質大好き芸人になった。
おかげで好きな物がミルクティーだったことを思い出したり、さく年なんか
タピオカをよく好んで飲んでいた。
それが飲みたくなくなった。いや、好きなんだけど一口でいいな、って
となると一個買うことができなくなり、外食も人と食べた方が幸せだからと家に帰るまで食べれなくなった。
食べちゃダメな物がなくなった途端、なにがいいのかわからなくなっていった
いや、気持ちは食べたいけどそこまででもないな、とか、せっかく食べるなら栄養のあるものがいいな、とか
それはそれでいいことなんだけれど、それはそれで新たな拘りなのかもしれない。
今はよく、昔の自分が教科書になってくれている。
一時は一日家から出られず、ずーーーっと吐いて寝るみたいな時があったんだけれど、
一度実家に帰ってみたら、むしろ量を食べられなくなってしまった。
吐くことはないけれど、食べられない。そして思考も止まって自分が食以外でも何をしたいか、好きなのか、感情がなくなってしまった。
その後、初めて胃潰瘍になっちゃった。ストレスらしい。
母と二人で生活がしたいのに、トラウマや母へのコンプレックスが思いのほか強かったのかもしれない。
そもそも、母と暮らしていたときも、お互い働いていたり、私は家に帰らなかったり(苦笑)一緒に生活をしたのが初めてだった。
じゃあどうしたらいいんだか。自立先を増やす、こと。これが、目標
なんでもいいから伝えてみる。友人にもいうようにした。
体調が不安定で約束ができない。から会いたいのに会えない。
でもひとりなら、予定を立てて、なるだけ外へでるようにしている。
内じゃなくて外へ感情を向ける、時間を増やしてみてる。
これは高校の頃の自分に習ったことで、あの頃はとにかくいろんなところへ出向いてた。
江ノ島いったり、深夜に渋谷に撮影しにいったり、真冬にみなとみらいにいたり。
なんだかんだ今はそれがいい気がしてる。たまーに、吐かずに寝てえ~って思う日があったり。
思考で止めても再発する。から感覚で生きられるようになりたいって思う
三歩進んで二歩下がる、今はそんな感じ。
今日も草木が綺麗だね~。人間は大地に生かされている。人間様々なんかじゃないよね
じゃあまたこの辺で。今日をただ生きるんだ
(すごく働いて、笑顔で好きなものを食べている時の私。このあと潰れたけどちゃんと息吹き返せてた。今のなりたい目標のわたしちゃん)

p.s 高岡早紀さんのyoutubeにハマってしまい、あんな女性になりたいなと思っています。
