なぜ《快楽の園》は500年、結論が出ないのかーー呼び名と来歴で広がる、絵の楽しみ方
戒めなのか、楽園なのか。
500年前に描かれた一枚が、いまもそこで意見が割れています。
ヒエロニムス・ボスの《快楽の園》。
マドリードのプラド美術館にある、観音開きの大きな祭壇画です。

この絵、「人間の欲を戒める絵」だという説と、「堕落する前の、無垢な楽園を描いた絵」だという説が、真っ二つに分かれたままなんですよね。どちらの説も、入門書を開けば載っているし、検索すればすぐ出てきます。
だからこの記事でやりたいのは、「どっちが正解か」を突き止めることじゃありません。「500年経っても、なんで割れたままなんだろう」。そこを、一緒に見ていきたいんです。
「で、結局どっちなの?」が、つい気になる絵です。でも、その"どっち"に答えが出ないこと自体が、この絵の面白さなんじゃないかなと思っています。
この絵、Xでも前にポストしたんですが…
500年前に描かれたのに、いまだに何の絵なのか、専門家でも意見が割れています。
— りん|美術館学芸員 (@rinhwan_blog) June 19, 2026
ヒエロニムス・ボスの《快楽の園》。
楽園、快楽にふける裸の人々、そして地獄。
数えきれない奇怪な生き物が、画面じゅうにひしめいています。… pic.twitter.com/3cZoD0GgiU
Xの短さだと、肝心の「なんでこんなに割れるのか」まではとても書けませんでした。ここからは、その続きを書いていきます。
戒めか、楽園か。100年、決着していない
まずは、昔からある読み方から。
三枚を左から右へ見ていくと、左がエデンの園、中央が快楽にふける裸の群れ、右が地獄です。「創造されて、堕落して、罰を受ける」。 道徳の物語として、きれいに一本の線で読めます。エスコリアル修道院の修道士シグエンサも、1605年にそういう趣旨のことを書き残しました。
ところが1947年、フレンガーという研究者が、これをひっくり返します。中央パネルは罪の場面じゃない、堕落する前の、無垢なままの人間を描いた楽園なんだ、と言い出したんです。 しかもこの絵は「アダム派」——裸や欲を、堕落する前の無垢なものとして受けとめた異端の一派——の注文で描かれたものだ、というところまで踏み込みました。
この一冊で、風向きが変わるんです。こういうのワクワクしませんか?ラングドンシリーズとかに出てきそうです(?)さて、20世紀の美術史家たちの意見は、ここではっきり割れます。
中央のあの群れは、戒めなのか。
それとも、失われた楽園なのか。
面白いのは、どちらの説も、絵を見ながらだと成り立ってしまうところなんですよね。戒めだと思って見れば戒めに見えるし、楽園だと思って見れば楽園に見える。そういう絵なんです。
名前が、コロコロ変わってきた
ここで、ちょっと角度を変えてみます。
「意味」がずっと割れてきたこの絵、じつは「名前」のほうも、ずっと定まってこなかったんです。
そもそもボス本人がつけた題は、残っていません。
当時、絵に決まったタイトルをつけないのは、わりと普通のことでした。
記録に残っている呼び名を、古い順に並べてみます。
1593年、エスコリアルの受け入れ台帳では「苺の絵(デル・マドローニョ)」。 中央パネルに、苺の木が目立つからです。
1700年の目録になると、「天地創造の絵」。 ……これ、台帳をつくった人は扉を閉じた状態で見たんじゃないかなと思います(理由はあとで出てきます)。
1857年、ポレロという人がまとめた、エスコリアルの所蔵絵画の目録では「肉の快楽」。 そこからだんだん、いまの「快楽の園」に落ち着いていきました。
苺 → 天地創造 → 肉の快楽 → 快楽の園。
同じ一枚の絵の名前が、見た人によってこれだけスライドしてきたわけです。 名前が、その人の解釈のほうに引きずられている。
……で、ここでひとつ、引っかかりませんか。
なんでこの絵、名前がひとつに定まらなかったんだろう、って。
その種明かしをしながら、名前や持ち主を追いかけていきましょう。
この追いかけ方、別の絵の前でもそのまま使えます。
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学芸員と一緒に調べる名画
一枚の絵を、学芸員がどう調べていくのか。どの資料を、どの順番であたって、どこを見ていくのか。それを完成した解説として渡すのではなく、調べて…
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