① 食事の中にある「感情」
前回の記事では、
「食事とは、何でしょうか?」
という問いから、食事経験について考えてみました。
私が行っている研究では、食事経験についての文献を整理した結果、その経験は大きく6つの要素から考えられることが見えてきました。
今回から、その一つひとつを、日々の暮らしと重ねながら見ていきたいと思います。
最初は、「感情」です。
食事と感情。
こう聞くと、
「おいしい」
「楽しい」
「うれしい」
といった気持ちを思い浮かべるかもしれません。
実際、研究の中でも、楽しさや幸福感、安心感といった感情は、食事経験の一部として多く語られていました。
でも、食事の中にある感情は、それだけではありません。
孤独を感じることもあれば、不安を感じることもあります。
誰かと食卓を囲んでいるからといって、必ず楽しいとは限りません。
反対に、一人で食べているからといって、必ず寂しいとも限りません。
静かな食事に、ほっとすることもあります。
同じような食事でも、感じ方が違う。
これは、とても興味深いことだと思います。
たとえば、
いつもの料理なのに、家族とゆっくり話しながら食べた日は
「いい食事だった」と感じる。
一人で好きなものを、自分のペースで食べられたことが心地よい。
反対に、とてもおいしい料理だったはずなのに、その場で緊張していたため、あまり楽しめなかった。
そんな経験はないでしょうか。
研究を見ていくと、食事の中で生まれる感情は、食べ物だけで決まっているわけではないことが見えてきます。
家族との食事や会話が安心感や楽しさにつながることもあれば、一人で食べることに自由や気楽さを感じることも報告されています。
また、病気や障害などによって食事のあり方が変化すると、楽しさや安心感だけではなく、不安や喪失感など、さまざまな感情が食事の中に現れることも示されています。
だから私は、
「よい食事=楽しい食事」
と一つに決めなくてもよいのではないかと思っています。
今日は誰かと笑いながら食べたい。
今日は静かに食べたい。
少し寂しい日もある。
懐かしい気持ちになる食事もある。
食事には、そのときの自分や、その人が置かれている状況が映し出されることがあります。
そして、そうした感情も含めて「食事経験」なのだと思います。
食事を整えるとき、
「何を食べよう」
だけではなく、
「この食事の時間を、私はどんな気持ちで過ごしたいだろう」
と考えてみる。
それだけでも、食事を見る視点が少し変わるかもしれません。
楽しくなければいけないわけでも、
誰かと一緒でなければいけないわけでもありません。
その人が、そのときの自分に合った気持ちで過ごせること。
そんな食卓もまた、私が考えていきたい「やさしい食事環境」の一つです。
次回は、6つの構成要素の2つ目、
「社会的経験―食事の中にある、人との関わり」について考えてみたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
