見出し画像

【短編小説】まなざしで、抱かれる──触れられた、Fayray『MY EYES』

誰かの目が、皮膚に触れた経験がある。
触れた、ではなく——触れられた、だ。

言葉も手も介さず、ただ見られているだけで、体の奥の何かが静かに収縮する。

その感覚に名前をつけるとすれば、それは「侵入」ではない。
もっと柔らかく、もっと深い——「浸透」と呼ぶべき何かだ。

なぜ、この楽曲を物語にしたのか

Fayray(フェイレイ)の『MY EYES』は、2000年にリリースされた楽曲。
ひとことで言うなら——静寂の中で燃える、官能の視線の歌。

囁くように放たれる「look in my eyes」という言葉が、聴く者の皮膚に直接届く。

叫ばない。求めない。ただ、見る。
その眼差しの中に、孤独と欲望と、委ねることへの祈りが、すべて圧縮されている。

音楽評論として分析したとき、この楽曲には「視線=触れること」という構造が宿っていると確信した。

肉体的な接触より先に成立する熱。
目が皮膚になる瞬間の、あの余韻。

それを言葉で定着させることは可能なのか——その問いが、この短編小説を生んだ。

音楽が一瞬で皮膚に触れるものなら、小説はその余熱を時間の中で持続させるものだ。

『MY EYES』が鳴らす微熱を、物語という器に注いだとき、どんな女が生まれ、どんな男が彼女の鎧を溶かすのか。

この物語について

短編小説『まなざしで、抱かれる』
——白帆浜、十年目の夜に

◆ 目次

序章 :潮と、逃げそびれた夜
第一章:千の白が、呼吸していた
第二章:触れなかった指の、熱
第三章:月光と、委ねることの始まり
第四章:彫ることと、抱かれること
第五章:夜明けの砂に、体温が残る
終章 :まぶたの裏に、視線がある

◆ 舞台

高知県西部の太平洋に面した架空の集落、《白帆浜》——五月。
砂浜の四キロにわたって、千枚を超える白いTシャツが風に揺れる、年に一度のアート展。
昼は弾けるように揺れ、夜は内側から呼吸するように揺れる。
その白の群れの中に、ある女の、ある秘密が、静かに混ざり込んでいる。

◆ 登場人物

瀬戸澄(32歳・アートディレクター)
——東京で十年、感情を削ぎ落とし、言葉で武装し、誰にも体重を預けずに生きてきた女。
「強い女」ではなく、「弱さを知られることを恐れる女」。
その違いを、彼女自身はまだ言語化できていない。

遠野一(35歳・版画家)
——高知に移住し、漁師の仕事をしながら版木を彫る男。
言葉より沈黙を選ぶ。
焦らない。追わない。
しかし——目を離さない。

◆ 二人の間にある、十年前の夜

かつて同じ専門学校にいた二人。
深夜、二人きりになった瞬間に、澄は席を立った。
何かを感じていたからこそ、逃げた。

その未完の夜が、十年後、千枚の白が揺れる浜で、再び動き始める。
この物語は、感情の鎧がほどけていく過程を、皮膚の言葉で書いた物語だ。

【本文抜粋】第三章「月光と、委ねることの始まり」より

横から、彼を見た。
月光の中の横顔。
目が細く、伏し目がちに浜の方を向いている。

でも視線の先に浜があるのかどうか、本当はわからない。
もしかしたら、もっと遠いところを、あるいはもっと近いところを、見ているのかもしれない。

わたしを、見ているのかもしれない。
その可能性が、胸の奥で花のように開いた。

(中略)

グラスを持つ手が、震えていた。
見られていることに、気づいた。

遠野は、わたしの手を見ていた。
細い目で、静かに、見ていた。

その視線が皮膚に触れる感覚は、昼間、浜での——手が伸びかけて止まった、あの気配に似ていた。

触れていない。
なのに、触れている感覚。

彼の視線は指先のように、わたしの手首から肘の内側へ、そっと這い上がってくる。

下腹の奥で、何かが静かに収縮した。
疼き、ではない。
もっと深い場所で、満ちていく予感のようなものが、ゆっくりと滲み出している。

水が砂に染み込むような、抗いようのない浸透だった。

ーーーーーーーーーー

この場面は、物語の折り返し点に位置する。
工房での邂逅の前夜——つまり、鎧が落ちる直前の、最も危うい境界線の上で、二人は月光の縁側に並んでいる。

遠野という男は、まだ何もしていない。
手も、言葉も、使っていない。
ただ、見ている。
その視線だけで、澄の十年分の防衛が音もなく軋み始める。

この夜の先に何があるのか——それは、本文でしか知ることができない。

▼ 続きはこちら(全章掲載/FC2ブログ)
👉まなざしで抱かれる夜 — Fayray『MY EYES』×官能短編小説

音楽は、記憶の皮膚に触れる。
聴いた瞬間ではなく——聴き終わった後、しばらく経ってから、じわりと体温として蘇ってくる。

Fayray(フェイレイ)の『MY EYES』には、そのような余韻がある。
耳ではなく、肌で聴く曲だ。

そしてもし、あなたが誰かの視線に「触れられた」記憶を持っているなら——この物語は、その記憶の輪郭をもう一度、静かに浮かび上がらせるだろう。

言葉より先に、皮膚が知っていることがある。
——「touch me with your eyes」

いいなと思ったら応援しよう!