豪徳寺(東京都世田谷区豪徳寺)参拝ショートストーリー
世田谷八幡宮をあとにした二人は、色づく松並木の参道を抜け、井伊家の菩提寺として名高い大谿山 豪徳寺の山門をくぐった。十一月初旬の境内は、見事な赤や黄色に染まった紅葉と、木造三重塔の美しい朱が織りなす秋の絶景に包まれていた。
「近藤君、見て! 招福殿の横……噂には聞いていたけど、本当に見渡す限り招き猫だらけ!」
まゆみはカメラバッグを抱え直し、目を丸くして感嘆の声を上げた。奉納所にずらりと並ぶ大小無数の「招福猫児(まねぎねこ)」。右手をちょこんと上げて参拝者を迎える白い猫たちの愛らしさと圧倒的な光景に、近藤も素早く一眼レフを構えた。
「カシャ」
「すごい数だね。ここは井伊直孝公を雷雨から救った白猫の伝説から生まれた、招き猫発祥の地なんだ。よく見ると、一般的な招き猫と違って小判を持っていないだろう?」
「あ、本当だ! 右手を上げてるだけで、手元に小判がないね」
「『猫は機会やご縁をもたらしてくれるけれど、それを活かして福(小判)にするのは自分自身』という教えなんだよ」
「深いなあ……! 私たちのデスクにも連れて帰って、毎日の取材のお守りにしたいな!」
心を弾ませて寺務所の受付へ向かったまゆみだったが、授与所の窓口には「本日分 招福猫児 完売・品切れ」の貼り紙が掲げられていた。連日の大人気と職人の手作りゆえに、この日もすべて欠品していたのだ。
「うそ……全部売り切れちゃってる。残念……」
肩を落とすまゆみに、近藤は優しく微笑みかけた。
「残念だけど、さっきの教えを思い出してみて。形ある猫の置物は手に入らなくても、僕たちは今日ここで、たくさんの素晴らしい歴史や美しい風景っていう『最高のご縁』をもらったじゃないか。それを良い記事にして福に変えるのは、僕たちの腕の見せ所だよ」
近藤の言葉に、まゆみはハッとして顔を上げた。
「……うん、そうだね! 置物が買えなかったことも、自分たちの力で福を掴めっていう招き猫からのメッセージかも!」
秋晴れの空の下、二人は紅葉に包まれた三重塔を仰ぎ見ながら力強く頷き合い、ラストを飾る松陰神社への歩みを踏み出した。
