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ウイスキーと香水


幼い頃の記憶。

お昼すぎ頃、
母に頼まれて姉と二人でお使いへ出かけた。

スーパーでいくつかの野菜を買うのと、
酒屋さんで父のウイスキーを買う。

主導権は3つ上の姉だ。

メモを手渡された姉は
「行くよ」と私に声をかける。

私はお供。

言われるがままついて行くが、お使いを頼まれて少しお姉さんになった気分でウキウキした。

玄関を出るところから姉が先頭に立つ。

集合住宅の四階から、姉の背中を追って「トントン」と階段を降りた。

公園へ行くのとは反対へ進み、
細い路地を抜けて行くと少し広い通りに出る。

そのまままっすぐ進むとスーパー。
だが姉はまっすぐには進まず、
通りの左側にある商店街に入っていった。

まずは父の大好きな、
ウイスキーを買うらしい。

夕方前の商店街は、
買い物をする人で賑わっていた。

八百屋さんに、お魚屋さんに、洋服屋さん。
あちこちキョロキョロ見渡しているが、姉を見失わないようにすぐ後ろの位置まで戻る。

そのまま酒屋さんの入口へ着き中を覗き込むと、たくさんのお酒の瓶が並んでいた。

姉はスタスタと店に入り、
メモを見ながらウイスキーを買った。

白いビニール袋に入れられたウイスキーの瓶を姉が受け取る。

重そうだ。

商店街を抜け、スーパーへ向かう道まで出たところで姉が言う。

「他に買い物があるから、先に持って帰ってて」
とウイスキーの瓶を手渡された。

「ほら、ちゃんと両手で抱っこして」
と指示されるまま、自分の体の半分近くありそうな大きな瓶を大事に抱え込むと、両腕にずっしりと重さが伝わった。

「落とさないでよ」そう言うと、姉はクルッと背を向けスーパーへ向かって行った。

ウイスキーを抱っこしながら、
次に買うお野菜と、どっちが軽いんだろ?
と考えてみるが、仕方なく私も歩き出す。

進むにつれ、重さが増えていくようで
何度も抱え直しながら進む。

向かう時はすんなり歩けた家までの道が、
長く感じ、少しずつ慎重に進む。

集合住宅の階段を登り始めた頃には、
その重さは限界に近くなる。

二階……、三階……。

はぁはぁと息を上げながら、やっと四階につく頃、自宅のドアを目の前にした階段の一段。
重さのかかる両腕は赤くなっていた。

もう着くぞ。
はぁ、頑張った。

そう思ってウイスキーを抱え直した瞬間、

瓶が両手からするっと滑り落ち、
綺麗に割れた。

鈍く響いた瓶の音。

白いビニール袋から
広がっていく液体。


買い物のミッションを成功できなかった悔しさと、最後の一歩だった無念さで、
私はワーワーと泣き出した。

それを聞き付け、
玄関のドアから母が顔を出す。

一瞬で事を把握した。

なんとも言えない母の顔を見ながら、
「あと一歩。あと一歩だったの」
と泣きながら言い訳する。

母は褒めることもなく、怒ることもなく
白いビニール袋をそのままそっと持ち上げた。
袋の中でカチャカチャと音がした。

割れた瓶とウイスキー。

母は水の入ったバケツと、ほうきとちりとりを持って来るとすぐに掃除をはじめた。

綺麗になっていく階段や踊り場が、水に流されグレーの色が濃くなっていた。

ひとしきり掃除を終えた母は、
静かに部屋へ戻り香水を持って戻ってきた。

母が出かける時にだけ、つける香水だった。

ウイスキーの香りを消そうと、
それを踊り場に、階段に、何度も吹きかけた。

シュ、シュッ。

音がする度に、なくなっていく香水。

なくなってしまったウィスキー。


香水の瓶が空になっていくのを、
甘い香りが広がる踊り場の片隅で
私はただ黙って動けずにいた。


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