イリュージョン
昨日、四月十六日以来の彼が、いつもの改札から出てきた。
「おお。」
それで始まる。
こちらは、海から上がって、夏の光で乾かした体だった。
駅から家までは、歩いて二十五分ある。途中の小さな公園に寄って、コンビニで買った四パーセントのチューハイを開けた。夏の日差しは強く、日陰のベンチに座った。乾杯。最初の話題はボルヘスだった。死後になれば、永遠の上手な処理の仕方が必ず見つかる——人生の一瞬一瞬を回収して、好きなように組み合わせ直せる。そのとき、神と、友人と、シェイクスピアが助言者になってくれるだろう、と続く一節。それが昨日の主軸だった。
久しぶりの彼は、存在感が増したような気がした。浮いた色が、濃い。いや、彼の濃さは最初からこのままで、薄かったのはこちらの目のほうかもしれない。
十三年続けた取材を、終えたという。死後の世界に行っていたような取材だった、と彼は言った。無事、帰ってきた、と。
死後になれば——の話を昼間からしている二人の片方は、行って、その世界にまだいると。
出会ったときには、彼はもうその取材の中にいた。つまり私は、彼をその取材の中でしか知らない。それが、終わったらしい。
前に会った四月十六日は、二人で長沢芦雪を見に行った。寒山拾得の図があった。寒山と拾得。千年ちょっと前の中国の、山に住んでいた風狂の二人組で、片方は詩を書く男、片方は寺の飯炊きだ。芦雪の絵では、画面いっぱいに、二人の大きい顔が、笑っている。何がそんなにおかしいのかは、誰も説明してくれない。とてつもない絵だった。
昨日は、うちで飲んだ。いつも通りだ。
エアコンの効いた部屋で、豚肉と、たぶんなめこの謎料理を出した。椅子は、リサイクルショップで五百円で買った、子供用のコールマンのキャンプ椅子だ。なんとなくカメラを回していたら、いつのまにか、こちらが根掘り葉掘り引き出していて、取材みたいな形になっていた。十三年、訊く側だった男が、訊かれる側に座っている。
村上龍が好きすぎて、全部読み尽くして、それでも足りずに自分で書き始めた、という話。二十代の後半まで大学にいた理由の話。哲学科に入ったのに、一番の収穫は何かと訊いたら、韓国語を習得したこと、と言った話。覚醒したネオの話。超人の話。話が跳んでも、独特の鋭さは、少しも鈍っていない。
壁に、五十号ほどの原爆ドームの油絵が掛かっている喫茶店がある。彼が十三年かけて通い、取材してきた店だ。
昨日、彼はその絵を撮った写真を見せて、これをどう見る、と訊いた。その日、彼が私のところへ持ってきた問いは、一つ。十三年、言葉を訊きつづけた男が、言葉ではなく、絵についての問いを持ってきた。
私は、その絵から受け取ったものを話した。それは、ここでする話じゃない。あの質問ごと、昨日の印象の一部。
そのあと昔のデータを掘ると、彼がその店で取材している写真が出てきた。私が撮ったものだ。取材対象の方と向き合う彼の背後に、あの原爆ドームの絵が掛かっている。日付は、十一年前。
「十一年前かよ」
二人で爆笑した。何がそんなにおかしいのかは、誰も説明してくれない。
それから、書いたものを読んでもらった。彼のことを書いた、あの文章だ。読んでないんかい、と言って、画面を渡して、目の前で読んでもらった。
読んでいるあいだ、こちらは黙って飲んでいるしかありません。エアコンの音だけがしている。画面を送る指の速さで、いまどのあたりかが、だいたい分かる。原宿に入ったな、とか、高知の海辺だな、とか。
これが、不思議だった。文章を読んでいる男がいる。読まれている文章は、その男の過去で、その過去の中には私もいて、その全部を、いま隣で、私が見ている。どういうレイヤーの、何構造やねん、というやつです。頭でスッと整理できる感覚ではありませんでした。たぶん、整理しなくていいやつ。
読み終わった彼は、「これは、自分の葬式で読んでもらいたい」と言った。
光栄であります。
そういえば私は、褒められるのが苦手だ、とその時気づいた。
ほんとうは、開陳したかった。この数十日、底で掘っていた世界のぜんぶを。石を全部机に並べて、意思のところまで細かく説明したかった。あの解像度で受け取れる人間は、あいつしかいない。
でも会った瞬間、妙なふわりが降りてきて、今日はアホになろうぜ、になった。
お前もやってる、知ってる。俺もやってる、知ってる。それは、感覚でわかる。だからこそ、今日は浮上してアホになる。そういうグルーヴ。
一日が終わって、あとから気づいた。開陳したかったものは、アホになっているあいだに、ぜんぶ開陳されていた。石の交換は、済んでいた。
イリュージョン、という言葉は、二つの方向から私に来ている。ひとつは立川談志。よくその言葉を使う人で、私は談志が好きだ。もうひとつが、リチャード・バックの小説の題。
その題で、思い出した場面がある。
十七歳のとき、自転車で大阪から北海道まで行って、一周した。二か月の旅だ。その旅の終盤、オホーツク海沿いのキャンプ場で、妙に重心のある旅人に会った。行動だけがあって、重心がない旅人が多いなか。その人は違った。オフロードバイクで、きれいな彼女と旅をしていて、神戸大学の文学部で、文武両道みたいな三島っぽい話をした。その人に言われた。君は面白いね。リチャード・バックの『イリュージョン』を読んだほうがいい。
帰って、読んだ。いい話だと思って、それきりになった。私のワードで言えば、あの日の私には、まだ開ける状態にないファイルだった。
最近、ふと思い出して、図書館の書庫から出してもらった。すっかり黄ばんだ古い版で、まだ読みかけだ。
その訳者が、村上龍だった。
イレギュラーな現象がいくつも重なって、急に重力を持つ瞬間のことを、イリュージョンと呼ぶのかもしれません。露が光るのと同じ仕組みで、目と、光と、粒。結ばれた角度にだけ、それは起きる。
そういえば、十代のころ、小さいテープレコーダーで友達との会話を録音して、もう一度再生して遊ぶのが好きだった。一つの時間を、倍にする遊び。いま動画を回しているのは、たぶんその続きだ。昨日も中盤までは録ってある。あの時間の半分は、永遠の断片として、もう手元にある。ひとりの夜に、回収して、好きなように組み合わせられる。この先の、ひとりの時間の旅を、あれでもう一度、楽しめる。
昼に乾杯して、彼が帰ったのは夜の八時か九時。七、八時間、話していたことになる。後半は酔って、編集点が置けない。残っているのは、玄関で私がした、深いお辞儀だけだ。毎朝の散歩で、欅の木の下の、ひっそりした小さい神社にする、あの深さのお辞儀だった。酒を飲むと、何かやらかしたんじゃないかと勘ぐるのが癖だが、最後に残っているのがあのお辞儀なら、たぶん、大丈夫。
一人になってから、酩酊の頭に降りてきた曲を、大きい音でかけた。プラシーボが一九九八年に出した曲を、翌年、デヴィッド・ボウイを迎えて二人で歌い直した曲。性別を跨いだような若い男と、世界を跨いだ男が、一つの歌をうたっている。途中で時計の音だけになって、最後は同じ一行だけを、何度も繰り返す歌だ。題を訳せば——あなたがいなければ、私は何者でもない。
ボルヘスの続きが、そのまま鳴っているような夜でした。
